ヒロインと私 2
やがて完全に魔法陣に飲み込まれるのと同時に、私の身体は空中から地面へと落ちていく。
慌てて風魔法を使いふわりと足から着地したことで、ほっと胸を撫で下ろした。
「……やっぱりここ、地下アジトだ」
きょろきょろと辺りを見回せば、そこには『まほアド2』のゲーム内で見た地下空間が広がっていた。
薄暗い長い一本道には、所々に灯りやドアがある。
──ヒロイン誘拐イベントは確か、邪神教という組織が引き起こすものだ。
ヒロインは転移魔法陣によって誘拐され、彼らが崇拝する悪魔を召喚する儀式の生贄にされそうになる。
けれどすんでのところで、その段階で一番好感度の高い攻略対象を中心に救出されるのだ。
ヒロインは自身を助けに来てくれた攻略対象の活躍に胸を打たれ、またヒロインが攫われたことで、攻略対象は彼女の大切さ、存在の大きさにあらためて気が付く。
そんな感じの恋愛イベントのはず。
本来ならばエリカの身に起こるはずなのに、なぜ私がここに飛ばされてきたのか分からない。
「……どうしよう」
ゲーム通りなら、ヒロインは封印の間に飛ばされる。
私が単なる異物だとすれば、この場所にはエリカもいる可能性が高い。となると私は余計なことをせず、みんなに任せるべきだろうか。
けれど、エリカが一番仲が良さそうなのはテオであり、彼は二日間仕事で王城を離れると聞いている。オーウェンだって、ディルクだって今はいないのだ。
このまま自分一人で逃げるのも落ち着かないし、エリカの安否を確認してからでも遅くないだろう。
そう思った私は真っ白なナイトドレス一枚のまま、裸足でひたひたと石畳で覆われた地面を歩いていく。
寒さからぞくりと鳥肌が立ち、風魔法と火魔法を組み合わせて温かな空気を身体の周りに纏った。
「アルヴィン様、今頃気がついてくれたかな」
賢いシェリルはきっと、私がいなくなったことを誰かに伝えてくれているはず。中でも、普段一緒に過ごすことの多いアルヴィン様の元へ向かってくれた気がする。
私がいなくなったと知れば、アルヴィン様はかなり心配しているに違いない。しっかり無事でいなければ。
「……ん? なんで若い女がこんな──…」
そんなことを考えながら、記憶を頼りにエリカがいるであろう封印の間へ向かって歩いていると、不意に黒いローブを身に纏った見るからに怪しい男達と出会した。
今から寝ますという格好をした謎の女に教徒達が戸惑っている隙に、私は片手を突き出す。
「浄化」
「ぐっ……あ、なん……っだ……!?」
彼らは人間ではあるものの、魔物を取り込み力としており、聖魔法が効くのだ。
死にはしないため、大声を出される前に攻撃を繰り出せば、やがて意識を失いばたばたと倒れていく。
あまり倒しすぎても、イベントの邪魔になるかもしれない。今後はなるべくコソコソと移動しようと決める。
「ん? 誰だ、女を連れ込んだのは」
「聖なる矢」
「うっ……が……っ……!」
とは言え、そう上手くいくはずもなく。次々と出会してしまう教徒達を全て倒しながら進んでいき、私はようやく最奥にある封印の間に辿り着いた。
意外とまだまだ対人戦闘もいけそうだと思いながら、少し開いた扉の隙間から、そっと中を覗いてみる。
「あの、本当に殺さないでください! 掃除でもしましょうか? ほら、そことか結構埃が溜まってますし!」
「うるさい余計な世話だ。こいつ本当に聖女なのか?」
「お兄さん、甘いもの好きそうです! お菓子も──」
「いらん、頼むから黙ってろ」
すると、両手両足を縄で縛られたエリカが、全力で命乞いをしているところだった。そういやこのイベントでは、死亡バッドエンドなんかもあったことを思い出す。
とりあえずエリカが無事で、元気そうで安堵した。
「ふん、後10分ほどで時は満ちるのだ。お前は生贄としての役割をしっかり果たしてくれ」
「……えっ」
思わず口から声が漏れてしまい、慌てて手で覆う。
本来のゲームイベントとは違い、あまりにも展開が早すぎるからだ。流石に後10分で助けは間に合わないだろう。無理ゲーにも程がある。
もしかすると、ゲームシナリオが狂い始めているのかもしれない。私がここにいるのが何よりの証拠だった。
とにかく、このままではエリカが危ない。そう思った私は、両手で重く冷たい扉を押す。
「……ん? なんだお前は、どこから入った」
そうして迷子ですという顔をして封印の間へ足を踏み入れると、10人ほどの邪神教の幹部達、そしてエリカはひどく驚いた表情を浮かべた。
「あの、私、迷っちゃって……」
「ここに来るまで見張りに会わなかったのか? チッ、こんな大事な日に女を連れ込んだ不届き者は誰だ」
今の姿の私を、やはり誰も脅威だとは思わないのだろう。ふらふらと近づいても、警戒される様子はない。
部屋の中心まで来た私はエリカを背に隠すように立つと、両手を突き出し、広範囲に攻撃魔法を展開した。
「なっ……!? ぐ、あっ……!」
あっという間に全員が白目を剥いて倒れ、私は息を吐く。思っていたよりもあっさり制圧できてしまった。
「これで全部かな」
「ニ、ニナさん……っ! ありがとうございます!」
すぐに縄を風魔法で切り解放すると、エリカは私に思い切り抱き付き、何度もお礼の言葉を呟いた。
やはり怖かったのだろう。その身体は小さく震えていて、少しでも落ち着くよう、そっと抱きしめ返す。
あれから10分は経っているけれど、やはり助けは間に合わなかったらしい。もしもこの場に私がいなかったらと思うと、ぞっとしてしまう。
やはり、ゲーム本来の流れから外れている。嫌な予感がした私は、落ち着いたらしいエリカに声を掛けた。
「ねえ、ステータス画面を見れる?」
「はい! 見れると思います」
「何か変わりはないか、少しだけ見て欲しくて」
「分かりました! ──ステータス」
エリカはすぐに、ステータス画面を表示してくれる。
やはり他人のものは見えないようで、私はエリカを見守っていたけれど、彼女はやがて「えっ?」という戸惑いの声を漏らした。
「どうかした?」
「前は聖女、と書かれていた部分が、ぐちゃぐちゃになって、読めなくなっています……」
エリカの言葉が耳に届いた途端、心臓が嫌な音を立て、早鐘を打っていくのが分かった。
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