ヒロインと私 1
昨晩は色々あったものの、翌朝食堂で顔を合わせたアルヴィン様はいつも通りだった。
むしろ、普段よりも笑顔が眩しい気さえする。
「おはよう、ニナ。昨日はよく眠れた?」
「おはようございます。自分のベッドで眠れたお陰で、よく眠れました。ありがとうございます」
「それは良かった。いつでも俺を頼ってね」
食堂にはアルヴィン様の他に、午前中魔法の指導をする予定のエリカの姿もあった。
先週から、朝食も一緒にとると約束していたのだ。
それからは三人で他愛のない話をしながら、楽しく食事をしていたのだけれど。
「ニナ、口を開けて?」
「……ええと」
アルヴィン様はエリカの存在を気にしない様子で、デザートの乗ったスプーンを私の口元へ運んでくる。
ものすごく恥ずかしいものの、昨日わざわざ迎えに来てくれたことを思うと、断りにくい。そう思った私は、素直に口をあけて苺のゼリーをいただく。
エリカはキャッと言いながら両手で顔を覆い、思いきり空いた指の隙間から私達を見ていた。やめて欲しい。
「ああ、そうだ。エリカとの練習が終わった後、どう過ごすか決まったらメイドに伝えておいて」
「分かりました」
「俺は午前中は書類仕事を片付けて、午後は──……」
昨日までは、アルヴィン様の予定を知らされることもなかった。お互いのスケジュールを把握するというのは、なんというか恋人同士のようだと思ってしまう。
そんな私達の会話を聞いていたらしいエリカは頬を赤く染めたまま、おずおずと口を開いた。
「もしかしてお二人は、付き合っているんですか?」
「けほ、ごほっ」
エリカも同じことを思っていたようで、そのストレートな問いについ咳き込んでしまう。アルヴィン様は「大丈夫?」と言い、私の背中をさすってくれた。
「でも、そう見えるのなら嬉しいな」
やがてアルヴィン様が笑顔のまま私の肩を抱き寄せたことで、恐ろしく良い香りが鼻を掠める。
「俺は恋人より、ニナの夫になりたいんだけどね」
「…………っ」
そんなプロポーズまがいの言葉に、流石に顔が熱くなった。エリカの声にならない悲鳴が食堂に響き渡る。
それからもアルヴィン様のせいで落ち着かず、美味しいはずの焼き立てのパンもあまり味がしなかった。
その後、王城の裏の森でエリカに魔法を教えた私は、自室へと戻り、図書館で借りてきた本を読んでいた。
過去の私はとにかく習うより慣れろだったため、魔法についての知識は多くない。時間のある今、あらためて基礎から学ぼうと思っている。
夢中になって読書をしていたところ、元気なノック音が響き、声を掛けると予想通りテオが入ってきた。
テオはソファに座る私のすぐ隣に腰を下ろすと、叱られた子犬のようにしょんぼりとした表情を浮かべた。
「ニナ、昨日はごめんな。酔った俺のワガママのせいで、アルヴィンに怒られたんだろ」
「怒られたというか、なんというか……でも、テオが私に謝ることなんてないよ。テオこそ大丈夫だった?」
「ああ、起きたら自分の部屋でびびっただけ」
テオもゆっくり休めたようでほっとする。お酒を飲んだ場合、眠りがあまりにも深すぎるのは心配だけれど。
やがてテオはポケットから、くしゃくしゃになった紙を取り出した。差し出された紙を受け取り開くと、そこには数人の男性の名前と特技などが書き綴られている。
「なに? これ」
「お前の好みの男のリストだ。遅くなって悪かったな」
「……あ!」
またもや、そのリストの存在を完全に忘れていた。
正しくは「好みの男性」ではなく「手を貸して欲しい男性」のリストだ。
仕事を頼む必要も無くなった今、このリストの使い道はあまりないものの、きっとテオなりに一生懸命調べてくれたのだ。
再びお礼を言って紙を折り畳み、テーブルの隅に置いておく。間違ってもアルヴィン様あたりに見つからないよう、後ほど片付けなければ。
「ディルクはどうしてるかな」
「午後から護衛の仕事があるって言ってたぞ」
「そっか」
昨日はあんな別れ方をしてしまったし、ディルクと少し話をしたいと思っていたけれど、今日のところは無理そうだ。
「テオは私より、ディルクに謝ったほうがいいと思う」
「なんでだ?」
「なんでも」
昨日の様子を見る限り、ディルクはこの先も私に告白をするつもりはなさそうだった。テオのせいで予定が狂ったに違いない。
そんな彼はきっと、これまで通りの関係でいることを望んでいるはず。次に会った時に気まずさを感じさせないよう、普段と変わらずに接しようと決めた。
「俺も今日はこれから仕事が入ってるんだ。二日くらい城から離れるけど、あんま寂しがるなよ」
「寂しいけど、気をつけて行ってきてね」
そう言えば、オーウェンも午後から遠出すると聞いている。みんなだって忙しい中頑張っているのだ、私もしっかりしようと気合を入れ直し、テオを見送った後は再び勉強に励んだ。
◇◇◇
その日の晩、アルヴィン様と夕食をとった後、眠る支度を済ませた私はシェリルと遊んでいた。
「シェリルは賢いね。えらいえらい」
気が付けばあっという間に時間が経っており、眠気を感じた私はそろそろ眠ろうと両腕をぐっと伸ばした。
「ふわあ……」
欠伸をしながら明日は森の川掃除でもしようかな、なんて考えつつベッドへと向かう。
自分のベッドへ向かったシェリルに「おやすみ」と声を掛け、明かりを消した時だった。
「な、なに……!?」
突如、私の足元に魔法陣のようなものが現れ、真っ赤に光り出したのだ。そのまま底無し沼に落ちるように、足元から私の身体は魔法陣の中に飲み込まれていく。
すぐに異変を感じたシェリルが吠え、こちらへ向かってきたものの、魔法陣には近づけないようだった。
「シェリル、危ないから離れていて!」
魔法を使って抵抗しようと思ったけれど、既に身体の半分以上が飲み込まれてしまっているのだ。変に抵抗し、身体がなくなったりしては困る。
飲み込まれた先にある下半身には、ひんやりとした空気を感じる。もしかすると、どこか別の空間に繋がっているのかもしれない。
とにかく落ち着こうと小さく深呼吸をし、改めて魔法陣へと視線を向けた私は、はっと息を呑んだ。
この独特な色や模様がプリントされた悪趣味なコースターを、友人が持っていたからだ。コラボカフェでゲットしたと、嬉しそうに話していた記憶がある。
「──うそ、でしょう」
そして、気づいてしまう。これが『まほアド2』のヒロイン誘拐イベントかもしれないということに。




