旅先ではハプニングがつきもの 3
二人の間で仰向けになり天井を見つめていた私は、このまま寝てしまうべきかと頭を悩ませていた。
どう考えても、酔っている上に寝ぼけたテオが適当なことを言った可能性の方が高い。
「ニナ」
けれど、右隣にいたディルクはゆっくりと身体を起こすと、壁に背を預け私の名前を呼んだ。
慌てて返事をして見上げれば、ディルクは困ったような表情を浮かべて私を見下ろしていた。
「今の、聞こえたよな」
「……聞こえました」
「そうか」
ディルクは溜め息を吐くと、再び私の名前を呼んだ。
「俺はニナが好きだ。3年前から、ずっと」
彼が私へ向ける眼差しは薄暗い室内でもはっきりと分かるくらい、確かな熱を帯びている。
ディルクの「好き」が兄妹としてではなく恋愛的な意味だと、すぐに理解した。
突然の告白に対し、私は言葉ひとつ発せずにいる。そんな私を見て、ディルクは小さく笑った。
「全く気づいていなかったって顔だな」
「だって、ディルクは私のことを妹だって」
「ああ。俺は臆病な人間だからな。ニナとの関係が変わってしまうのが怖くて、そう言い聞かせていたんだ。お前にも、自分にも」
2年前にもしも好きだと言われていたら、きっと私は戸惑い、それまでの関係ではいられなかっただろう。気まずくなってしまうのは目に見えていた。
それでも今はアルヴィン様からの癖の強い告白を経験したせいか、妙に落ち着いている自分がいる。アルヴィン様の場合は、気まずさを感じる隙もなかった。
「あれからもう2年が経つのに、お前の顔を見た瞬間、どうしようもなく好きだと思った」
「…………っ」
そんな言葉に、ぎゅっと胸が締め付けられる。ディルクがそんな風に思ってくれていたなんて、私は全く気づいていなかったのだ。
『ディルクって奴がいるんだけど、公爵令息で騎士団長で顔も良いのに、俺の友達のニナに失恋してさ、ずっと結婚できずにいるんだよ』
『ええと、それはどういう……?』
『そのまんまだよ。初恋を拗らせてるんだよな』
つまり、以前テオが言っていたことも本当だったのだろう。そう思うと、急に落ち着かなくなってくる。
「その、ありがとう」
「ああ」
「私はディルクのことを、そういう風に見たことがなかったから、すごく今びっくりしてる」
「だろうな」
そう言って私の頭を撫でたディルクはいつも通りで、思わずほっとしてしまう。
「今後、あまり避けないでくれよ」
「そんなことしないよ!」
「そうか。ありがとう」
今後どうすべきかと思ったけれど、特に告白に対する返事を求められているわけではなさそうだった。とにかくこれからも、今まで通りでいれば良いのだろうか。
『でも、本当にディルクさんは素敵な方ですよ! 格好良くて優しくて、すごくモテるんです』
エリカも以前そう言っていたし、ディルクのような素敵な人が私を好きだなんて不思議で仕方ない。
一体いつから、どんな理由でだろうと思っていると突然、バンと部屋のドアが開く大きな音がした。
同時に部屋の明かりがつき、急な眩しさに慌てて布団を被る。ゆっくりと瞬きを繰り返し、やがて布団から顔を出した私は寝ぼけているのかと自身の目を疑った。
「……アルヴィン様?」
そこには見間違えるはずもない、アルヴィン様とオーウェンの姿があったからだ。
だってここに、二人がいるはずなんてない。呆然とする私の隣で、ディルクは深い溜め息を吐いた。
「どうしてお前達がここにいる?」
「ニナを迎えに来た」
アルヴィン様ははっきりそう答えると、こちらへと向かってくる。ドアの付近に立っているオーウェンは、やけにげっそりとした表情を浮かべていた。
こんな場所まで、こんな時間にわざわざ私を迎えに来てくれたというのだろうか。
やがてベッドの前まで来ると、アルヴィン様は私達を見比べ、「へえ」と感情の読めない声を発した。
「二人で仲良く寝てたんだ?」
「えっ? いえ、テオが……あれ?」
慌てて左隣を見たけれど、何故かテオの姿はない。アルヴィン様の言う通り、ディルクと二人でベッドで寝ていたようなシチュエーションになってしまっている。
慌ててテオの姿を探せば、なんと彼はいつの間にかベッドの下で大の字になって寝ていた。ドアが開いたタイミングで落ちたのだろうか、寝相が悪いにも程がある。
「あの、テオも一緒に寝ていたんです。本当に」
「…………」
爆睡しているテオをベッド下から引きずりだしても、アルヴィン様は無言のまま私を見つめるだけ。間違いなく怒っている。
そんな中、ディルクがオーウェンに「どうしてここが分かった?」と静かに尋ねた。
「テオの『転移魔法陣ぶっ壊れたみたいだから、明日帰る』という知らせを受けて、アルヴィンがニナを迎えに行くと言い出したんだ。仕事を終えた後、この街の全ての宿泊施設を探して骨が折れたよ」
「……そうか」
「アルヴィン、一応言っておくけどニナは悪くないよ。こんな部屋で三人が休むには、仕方ないと思うし」
オーウェンはそう言って、じっと私を見下ろしているアルヴィン様に声を掛ける。
仕事を終えて疲れているだろうに、こうして心配して迎えに来てくれたことは、純粋に嬉しかった。
「迎えに来てくれて、ありがとうございます」
「…………」
けれど、返答はない。無言のままのアルヴィン様が片手を前に突き出した瞬間、部屋が眩い光で満ちていく。
浮遊感と真っ白な光に包まれ、気が付けば私達全員が王城の裏庭に移動していた。服や荷物もすべて一緒に。テオはぐっすりと眠ったまま、草原に寝転んでいる。
「……うそ」
この人数、そしてあの距離の移動をあっさりとしてのけたアルヴィン様に驚きを隠せない。それは他の二人も同じだったようで、ひどく驚いたような表情を浮かべていた。
こんなことができる魔法使いなど、間違いなく彼の他に存在しないだろう。その異常な魔力と魔法スキルに圧倒されている私の手を取ると、アルヴィン様は再び転移魔法を使った。
「っわ、」
気が付けば私の部屋に転移していて、アルヴィン様は私からそっと手を離すと、悲しげに眉尻を下げる。
「ニナは本当に、思い通りになってくれないな」
「……心配をかけて、ごめんなさい」
「ディルクに告白でもされた?」
「…………」
「されたんだ。良かったね」
呆れたように笑うと、アルヴィン様は「ゆっくり休んで」とだけ言うと、そのまま私に背を向けてドアへと向かった。てっきり怒られると思っていたため、拍子抜けしてしまう。
同時に込み上げてきたのは、少しの焦燥感で。
「あ、あの」
気が付けば私は、アルヴィン様を呼び止めていた。
彼はすぐに足を止め、振り返る。
「……なに?」
「アルヴィン様は、私に怒っているんですか」
「どうだろう、どちらかと言うと悲しいかな? でもこれが勝手な感情だっていうのも分かってるよ。ニナは俺の恋人でも婚約者でもないんだ」
だから私に強く当たらないよう出て行こうとしているのだと言い、自嘲するような笑みを浮かべた。
「ニナは悪くないよ。俺が一人で傷付いてるだけ」
「…………」
「俺がいなくなったら、ニナは嫌?」
「えっ? それは、もちろん嫌です」
アルヴィン様は私にとって大切な仲間であり、友人だった。今は友人という感じでもないけれど、それでも彼が今私の目の前からいなくなるのは、嫌だった。
とは言え、どうして急にそんなことを尋ねられたのか分からず、妙な胸騒ぎを覚えてしまう。
「ねえ、ニナ。選んで」
「選ぶ?」
「俺はこれからもニナを独占したくなるし、周りの男に対して嫉妬してしまうと思う。それが迷惑ならニナの前から消えるよ。俺だって辛い思いはしたくないから」
「……え」
二度と逃がさない、私が必要だと、あんなにも言っていたのに。突然のアルヴィン様の変わりように、やはり戸惑いを隠せない。
そんなにも先程の出来事は、彼を傷つけてしまうものだったのだろうか。重苦しい空気の中、アルヴィン様は続けた。
「でも、そんな俺をニナが受け入れてくれてニナの側にいていいのなら、もう遠慮はしない」
「…………?」
遠慮しないというのは、どういう意味だろう。何もかもが急で、頭がついてこない。
とにかく私がアルヴィン様を受け入れなければ、彼は私の目の前から消えるつもりだというのは理解した。
「俺はどうしたらいい? ニナが決めて」
そうして極論すぎる二択を提示された私は、どう答えるべきなのかと内心頭を抱えたのだった。




