旅先ではハプニングがつきもの 2
まさかの転移魔法陣が使えないというハプニングが起き、今夜はこの街に泊まるしかなさそうだった。
やはり私達のように帰宅できなくなった人々が大勢いるようで、どこの宿泊施設も満室とのこと。
ようやく最後の一軒で空室が見つかり、とりあえず三人でそこで過ごすことにした。
「せっま! マジでここに三人で泊まんのかよ」
「でも、部屋がとれただけ感謝しないと」
案内された部屋は綺麗ではあったものの、一人部屋のようで、テオの言う通りかなり狭い。二人が高身長なせいか、尚更狭く感じた。
「とりあえずテオは王城に連絡を入れてくれ」
「ん、分かった」
テオはすぐに頷き、使い魔を窓から放つ。
私はアルヴィン様から転移用の魔道具を渡されているため、王城へ戻ることはできる。けれどこれは目玉が零れ落ちそうなくらい高価なものだし、二人を置いて自分だけ帰るなんてできない。
テオの報告はアルヴィン様にも伝わるだろうし、明日の朝に帰れば問題ないだろう。
部屋には小さなシャワールームもついており、魔物を狩ってきたままの私達は、順番に汗を流すことにした。私から入らせてもらい、宿で借りた夜着に着替える。
そうして部屋へと戻ると、二人は小さなテーブルセットに座り、ルームサービスで頼んだお酒を飲み交わしていたようだった。
「お先にごめんね。ふう、さっぱり」
「なんかニナ、大人になったな。髪が濡れてるせいか、蚊の涙くらいの色気を感じるわ」
「全然嬉しくないけどありがとう。……ディルク?」
「何でもない」
一瞬こっちを見た後、ディルクは首の骨が心配になるくらい顔を不自然な方に向けたのだ。大丈夫だろうか。
「次はディルクが入っていいぞ」
「いや、テオが先に入ってくれ。頼む」
「そうか? じゃあお先」
そうして今度はテオがシャワールームへと向かい、ディルクと二人きりになる。
「ディルク、大丈夫? 具合でも悪い?」
「悪くないから、少し離れてくれ」
「えっ?」
「その、俺はまだ風呂に入っていないし」
「そんなこと気にしないのに」
とは言え、ディルクの嫌がることはしたくない。私は少し離れた場所にあるベッドに腰を下ろすと、風魔法で髪を乾かしていく。
その後、すぐにテオが上がってきた。やはり男性は早いなと思いながら、やはりこっちを見ないまま部屋を出ていくディルクを見送る。
テオは私と同じシンプルな夜着が驚くほど似合っていて、イケメンはずるいと改めて思った。アルヴィン様が着たら、最高級の服に見えるに違いない。
「あいつ、顔赤かったけどなんかあったのか?」
「よく分からなくて……」
「ふーん。なあニナ、髪乾かして」
「テオの方が風魔法は上手なのに。甘えん坊だね」
「そういう日もあるんだよ」
酔っているせいか、いつもよりも幼く見える。
背はかなり伸びて見た目は大きくなったものの、やはりテオは私にとって可愛い弟のような存在だった。そう考えると兄のような存在のディルクもいるし、今回は兄妹旅行のように思えてくる。
テオの髪を乾かしてあげながら他愛ない話をしていると、ディルクが上がってきた。濡れた髪からぽたぽたと水が滴り落ちている姿は、思わずどきりとしてしまうくらいに眩しい。さすが美形だ。
「お前もニナに乾かしてもらえば? 気持ちいいぞ」
「俺はいい」
そう言ったディルクの様子に、違和感を感じる。
「ディルク、なんか寒そうじゃない?」
「冷水を浴びたからな」
「えっ? シャワー、お湯出るよ」
「分かっている」
「…………?」
冷水を浴びるのも、身体を鍛える一環なのだろうか。それでも今度は私の方を見てくれて、つい安堵した。
その後は眠いと騒ぐテオに合わせ、もう休むことにした。とは言え、ベッドは大きめではあるけれど、ひとつだけ。この部屋にはソファもなく、床に寝転がるようなスペースさえないのだ。
「ベッドはニナが使ってくれ」
「ううん、私だけベッドで眠るのは申し訳ないもの」
「俺達は大丈夫だ。どんな場所でも眠れる」
それでもみんなが硬い小さな椅子に座って眠る中、私だけ布団でぬくぬく眠ると言うのは落ち着かない。
「でもこれ、三人で並んで寝れそうじゃね?」
「確かに。川の字スタイルでいけそう」
「川?」
「あ、私のいた世界の文字なんだ。こんな感じで」
そうしてテオに「川」という漢字について説明していたところ、ディルクが「待て」と溜め息を付いた。
「おかしいだろう。ニナは女性なんだ」
「そういえばそうだった」
「普通に失礼だね」
「でも俺、もう眠いもん。酔ったし、椅子でなんて寝たくないし。なあ、俺らもここで寝ていいだろ?」
テオは先ほどから何度も大きな欠伸をしており、本当に眠そうだ。欠伸のせいか潤んだ目で見つめられ、私は「うん」と首を縦に振った。
「私は気にしないから、二人がいいなら並んで寝よう」
「よし、決定な!」
「俺はいい」
「お前だけ椅子とか、夢見が悪くなるだろ」
「おい! 俺は──」
いいからいいからとテオがディルクの腕を引いていき、無理やりベッドに押し倒す。
元の世界の友人が見たら狂喜乱舞しそうな図だと思いながら、私もベッドへと向かった。
「ニナは真ん中」
「えっ?」
「男同士で隣とか嫌だし。決定な」
酔っているせいか、テオの自由度が高すぎる。
そうしていざ横になってみると、ギリギリお互いに触れ合うことはなかった。少し寝返りを打てばぶつかりそうではあるけれど、今日のところは仕方ないだろう。椅子で眠るより、みんな休めるはず。
今日は一日外出していたせいか、私も横になると一気に眠気が込み上げてくるのが分かった。
「明かり消すぞ」
「うん。おやすみ、テオ、ディルク」
「おう、おやすみ」
「……ぁぁ」
ディルクの小さな返事に、テオがけらけらと笑う。
「なに緊張してんだよって思ったけど、お前はニナのこと好きなんだもんな。……ふわあ、おやすみ」
テオが明かりを消したことで部屋は薄暗くなり、左隣からはすぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。あまりの早さに、相当眠たかったことが窺える。
「…………」
「…………」
あれ、そう言えばテオは今、なんと言っただろう。
「…………」
「…………」
……………………え?




