旅先ではハプニングがつきもの 1
それから数日後の昼下がり、私はテオとディルクとオーガ狩りにやってきていた。
「いい天気だな! 絶好のオーガ狩り日和だ」
「そんな物騒な日和ある?」
オーガは人里を襲い、金品を奪ったり人を食べたりする凶悪な魔物だ。そのため目撃情報があった場合、速やかに騎士団が討伐に向かうことになっている。
そして今回はオーガの群れがいるという情報を仕入れてきたテオに、ディルクとともに誘われたのだ。ちなみにオーガの魔核はかなりの高額で売れるため、収入としてもかなり大きい。
正直、オーガ程度ならテオとディルクがいれば難しいことはない。それでもアルヴィン様は、反対だと言って譲らなかった。
『ニナ、君はもうそんなことをしなくていいんだよ。騎士団を派遣するから、ゆっくり好きなことをしていてほしい。危険な場所にわざわざ行く必要はない』
『大丈夫です! テオとディルクも一緒ですから』
『……ニナ』
『たまには身体を動かしたり魔法を使ったりしないと、勘が鈍っていざという時に困るかもしれないですし』
『いざという時のために俺がいるんだよ』
アルヴィン様は公務で忙しく、何かあった際にすぐに動けないため、余計に心配してくれているらしい。
『ほら、昔は私をトロールの巣に一人で行かせたりしてたじゃないですか。それでもピンピンしていましたし』
『……ごめんね、ニナ。まだ気にしていたんだね。あの頃の俺は本当にどうかしていた。今目の前にいたら、両手両足の指を一本ずつ切り落として──』
『ごめんなさい全然気にしていないです、私が悪いんですお気になさらないでください、本当にごめんなさい』
ちなみに過去の話を持ち出して行く許可を得られないかと思ったものの、失敗に終わってしまった。余計なことは二度と言わないことにする。
やがてアルヴィン様は、悲しげな表情を浮かべた。
『俺はニナの好きなことをして欲しい、ニナが幸せに暮らしてほしいと思ってるけど、危ない目には遭わせたくないんだ。いつでも俺の手の届く場所にいて欲しい』
『アルヴィン様……』
正直、反対を押し切ってまでオーガを倒したいという趣味はない。けれどこの先もずっとこの世界で生きていくのなら、常にアルヴィン様に守られているだけでは駄目だと思っている。
何より、テオとディルクも一緒なら大丈夫だ。
その後もアルヴィン様との攻防は続き、結局、危険を感じたら転移用の魔道具を使うこと、二人の側から離れないという約束をして、許可を得た。
そうして群れがいるという森を訪れた私達は、ひたすらに討伐していった。ちなみにオーガのランクはCだ。
「わあ、すごい……」
テオもディルクも、もう私が知っているあの頃の二人ではなかった。段違いに強くなっている。
その様子につい見とれてしまいながらも、私も負けていられないと気合を入れ直す。
やがて森の中にオーガの姿は見えなくなり、残りがいないかと手分けをして探していた時だった。
「おい、ニナ! 1匹そっち行ったぞ!」
「了解!」
テオの声に足を止め、近づいてくる気配に備える。
すぐに前方から五メートル近い巨大なオーガが、周りの木々を薙ぎ倒し、咆哮を上げながらこちらへと向かってくるのが見えた。
その大きさや全身に宝石などの金品を巻き付けているのを見るに、あれが群れの親玉だろう。向こうも私の存在に気がついたようで、にやりと口角を上げる。
オーガは基本的に自分より強いものには怯え、弱気になるけれど、私のような人間の若い女性は餌としか認識していない。
簡単にとって食えると思われているのか、私の目の前まで来ると、舐めたように手に持っていた錆びた大剣を下ろした。素手で十分だと思われているのだろう。
ゆっくりと手を伸ばしてくるのと同時に、私は両手を前に突き出し、声を上げた。
「聖障壁」
その瞬間、オーガの体が青白く輝く輝く光の壁の中に閉じ込められる。正直、こういったRPGっぽい技名を言うのはかなり恥ずかしいけれど、イメージをするためにも言葉にするのは大切らしい。
戸惑ったような様子のオーガは、すぐに苦しみ出す。魔物にとって聖魔法でできた空間など、全身で毒を浴びているようなものだろう。
久しぶりなこともあり、一撃でこの巨体を倒し切る自信がなかったため、ひとまず捕らえてみたのだ。さて倒そうと思っていると、後ろから「ニナ!」と私を呼ぶディルクの声がした。
彼は少し焦ったような様子を見せたけれど、すぐに私とオーガを見比べ、ほっとしたような表情を浮かべた。
「全く心配いらないな、お前は」
「ううん、流石にあれを一発で倒す自信はなくて」
そうしている間にテオもやってきて、どうやらこのオーガで最後のようだと教えてくれる。
「じゃあ、倒すね。──浄化」
巨体に合わせて広範囲の聖魔法を展開する。オーガの叫び声が一瞬大きくなった後、あっという間に溶けて消えていった。
無事に群れを討伐でき、小さく息を吐く。
「よし、魔核を拾って帰ろっか」
「ああ。そうだな」
「稼いだ金でパーっと美味いもん飲み食いしようぜ! このあたりは魚料理が美味いんだってよ」
「ふふ、いいね! 楽しみ」
そうして私達は森を出て、近くの街へと向かった。私は髪色だけ変身魔法で変え、フードを深く被っている。顔を変えると落ち着かないと二人に言われたためだ。
その後は冒険者登録をしているテオが魔核を換金し、結構なお金を得た私達はその後、近くの酒場で楽しい時間を過ごした。
私はひたすら食べていただけだけれど、二人はお酒もそれなりに飲んでいて、軽く酔っているようだ。
「働いた後って、すごくご飯が美味しいよね」
「あとさ、魔物倒して換金した金で飯食うと、なんか無料で食った感じしねえ?」
「あ、分かるかも」
「お前達は本当に変わらないな」
そんな会話をしながら三人で酒場を出て、並んで歩きながら王都へ繋がる転移魔法陣のある場所へと向かう。
「ニナ、残った金はお前が持っておけ」
「えっ? それはおかしいよ。さっきの酒場でのお金を引いても、ほとんど残ってるし」
「いいんだって。俺ら、金持ちだからな!」
「それは、そうだけど……」
マイホーム購入をしなかったため、この世界に来てからせっせと貯めたお金はある。そう伝えても二人は聞く耳を持ってくれず、結局私は布袋を受け取り、頷いた。
「じゃあ、このお金でまた三人でご飯を食べに行こう」
「おう! 次は肉を食おうぜ」
「ああ、そうだな」
「ありがとう、テオ、ディルク」
こうして昔みたいに過ごせて、本当に嬉しい。また三人で出掛けたいと、私は胸を弾ませていたのだけれど。
「大変申し訳ありません。現在、転移魔法陣が不具合により使用できなくなっておりまして……」
「ええっ」
「明朝まで復旧は難しいようです」
「マジかよ、どうする?」
「この街に泊まっていくしかないだろうな」
なんと私達は帰宅難民になってしまったのだった。




