もう一度、その手を取って
ベッドサイドにいるシェリルと、ベッドの上に座り込む私、そんな私を立ったまま見下ろしているアルヴィン様。これは一体どういう状況だろう。
アルヴィン様も転移位置をミスをするんだなんて思っていると、軽く肩を押され、ベッドに倒れ込む。
驚く間もないまま、私はベッドに上がったアルヴィン様によって押し倒され、両手を縫いとめられていた。
透き通るような瞳に見下ろされ、息を呑む。
「……アルヴィン様?」
「ねえ、さっきディルクにこうされてどう思った?」
先程、私がディルクに押し倒されていたことを気にしているようだった。やはりまだ怒っていたらしい。
そんなことを考えていると「早く答えてよ」と言われ、慌てて口を開く。
「その、ベタすぎて恥ずかしいと思いました」
そして正直に答えたところ、アルヴィン様は一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、ふっと口元を緩めた。
「本当に? ドキドキしたりしなかった?」
「特にはしなかったですけど……」
驚きのドキドキはあったものの、アルヴィン様が今聞いているのはそれではない、ということは分かる。
ディルクが私の知っているディルクじゃないみたいで、落ち着かない気持ちにはなったけれど。
「それなら、ディルクに『そういうつもりで抱き締めたんじゃない』って言われて、どう思った?」
そういえば、そんなことを言っていた覚えがある。あの時は必死のフォローを否定されたことばかりに気を取られていたけれど、どういう意味だったのだろう。
しばらく考えた後に、ようやく私は理解した。
「ディルクはまだ私のことを、友人ではなく妹のように思ってくれているんですね」
「……っはは、何それ。ニナは本当にブレないね。嫉妬してる俺が馬鹿みたいに思えてくる」
はっきり嫉妬していると言われると、なんだかむずむずする。アルヴィン様は柔らかく目を細め、私をそのまま抱き締めた。
「もう二度と、あんな風に他の男に触れさせないで」
「…………」
「どうして返事してくれないの?」
「あれは不可抗力だったので、今ここで約束をして嘘を吐く形になるのは嫌だと思って、悩んでいて」
「本当に、ニナは真面目だね」
そんなところも好きだと言うアルヴィン様の額と、私の額がこつんとぶつかる。アメジストのような瞳に吸い込まれそうだと、本気で思った。
「俺に押し倒されるのはどんな気持ち?」
「と、とても緊張しています」
「本当に言ってる?」
「はい。あの、近すぎるので離れませんか?」
「どうしようかな」
自分のことを好きだと言う相手に押し倒されれば、流石の私だって緊張してしまう。
何より熱を帯びたアルヴィン様の瞳は、見つめられているだけで、好きだと言われているような錯覚すら覚えるのだ。
「これは? ドキドキする?」
今度はきゅっと両手の指を絡められ、心臓が跳ねた。思わず頷いたところ、アルヴィン様は満足げな表情を浮かべる。
「嬉しいな、本当にかわいい。大好きだよ」
こんなの、ドキドキしない方がおかしい。
「俺を男だって意識してくれてるんだね。良かった」
「当たり前です」
「もっと俺でいっぱいになってほしい」
何もかもが甘すぎて、クラクラと目眩すらしてくる。恥ずかしくなって顔を背け、視線を逸らすと、アルヴィン様がくすりと笑ったのが分かった。
「ねえ、キスしてもいい?」
「何を言ってるんですか」
「ごめんね、駄目だって分かってて聞いた」
ゆっくりと身体を起こしたアルヴィン様は子供のように無邪気に笑っていて、ついほっとしてしまう。
──先日、セレヴィスタで彼と再会した際、広場で空を見上げていた姿とはまるで別人のようで。もうあんな顔はして欲しくないと思った。
機嫌もすっかり直ったようで再び安堵したものの、その後なぜディルクとラーラが訪ねてきたことを黙っていたのかと、しっかり怒られたのだった。
◇◇◇
翌日の晩、私は王城内の食堂へやってきていた。
「ニナ、もっと食えよ。腕とか折れるぞ」
「ニナさん、こっちも美味しいですよ! あーん」
私の隣にはアルヴィン様、その反対側にはエリカがおり、大きなテーブルをテオ、ラーラ、ディルク、オーウェンの7人で囲んでいる。
何故こうなったかというと、ラーラが早速私のことを話したようで、あの後テオがアルヴィン様の部屋に突撃してきたのだ。
『お前だけずるいだろ! 俺達もニナといたいのに』
『テオ、声が大きい。ニナが驚くだろう』
『ニナはエリカのことを心配してるんだよな? 俺達だって2年前と同じわけじゃない、強くなった。あいつを守るくらいの力はある』
『テオ……』
『俺達のこと、信用できない?』
そんな風に言われて、断れるはずなんてなかった。私だって、一緒にいたい気持ちは同じなのだから。
アルヴィン様は不満そうな顔をしていたものの、ひとまず今後はみんなに姿を隠すのはやめることにした。聖女が二人いることで混乱が生じないよう、国民には伏せておくという。
不安がないと言えば嘘になる。それでも、一緒にいたいと言ってくれる人達のことを信じたい。私自身もエリカへの魔法指導だけでなく、できる限りの努力をしようと思った。
そして、その流れでテオとエリカが今夜の食事会を企画してくれたのだ。この食堂でみんなと食事をとるのも2年ぶりで、懐かしさや嬉しさで胸が温かくなる。
「結局こうなったんだね」
「うん。オーウェンにも迷惑をかけてごめんね」
「僕は何もしていないよ。こうなる気はしてたし」
オーウェンは困ったように微笑むと、ワイングラスに口をつけた。この国では18歳からお酒は飲めるため、私も勧められたものの、今日のところは断っておく。
「なあニナ、魔物の群れが出たらまた一緒に狩りに行こうぜ。エリカの修行も兼ねてさ」
「群れはまだエリカには早い気がするから、二人でなら行こう。私ももっと身体を動かさなきゃ」
「いつもお前の方が多く倒すの、悔しかったんだよな。あ、そうだ。ディルクも行くか?」
「ああ。行こう」
二年前、私のステータス上げに二人はよく付き合ってくれていたのだ。隣にいるアルヴィン様は「わざわざ危険な場所に行かなくていい」と言っているけれど。
「ねえ、ニナ。近々飲みに行きましょう? もう酒が飲める歳なんだし、楽しいところに連れて行ってあげる」
「絶対に駄目だ」
「うるさいわね、束縛のきつい男は嫌われるわよ」
アルヴィン様に対してそう言うと、ラーラは「ね?」とぱちんと片目を閉じた。お誘いは嬉しいものの、酒癖の悪いラーラと二人で外に飲みに行くのは正直怖い。
「あ、それならアルヴィン様も一緒に行きましょう」
「ニナが誘ってくれるなんて嬉しいな」
「バカねえニナ、女二人で行くから楽しいのよ。適当な男を引っ掛けるのが面白いのに」
「ラーラ」
咎めるようにして名前を呼んだアルヴィン様を見て、ラーラは可笑そうに笑う。
「でも、こうしてニナが戻ってくるなんて奇跡よねえ」
「……この世に奇跡なんてない」
「まあ、夢がないわね」
ラーラは肩をすくめ、溜め息を吐いてみせる。
その後も他愛のない話をしながら食事をしていると、アルヴィン様が私を静かに見つめていることに気がついた。
「アルヴィン様、どうかされましたか?」
「ニナは今、楽しい?」
「はい。こうしてまたみんなと会えて嬉しいです」
「それなら良かった。俺ももう少し大人になるよ」
そう言って微笑み、私の頭を撫でる。
もう少し大人になるというのは、過保護すぎるのをやめるということだろうか。
「ニナ、お前も飲めよ! 楽しくなってきた」
「先程から俺の腕に酒をこぼし続けているんだが」
「もう、テオってば酔ってるでしょ、ふふ」
ディルクとテオの様子に思わず笑ってしまいながら、こんな穏やかな日々が続けばいいのに、と思った。




