二度目の異世界とモブの私
元の世界に戻り、2年が経ったある日の晩。突然棚から不自然に落ちてきた、『まほアド』の続編のゲームソフトを拾い上げた瞬間のことだった。
覚えのある眩い光に包まれ、気がつけば私は雲ひとつない青空の下、草原の上で倒れ込んでいたのだ。
自分の身に何が起きているのかを理解するのに、かなりの時間を要した。そして数年ぶりに身体に流れる懐かしい魔力の感覚を感じた私は、再び『まほアド』の世界に戻ってきてしまったのだとようやく気がついた。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい? それにしても不思議な服を着ているねえ」
「あっ、はい! すみません!」
草原に大の字で倒れ込んだままの私を心配したのか、通りすがりらしいおばあさんが声を掛けてくれる。
慌てて起き上がって始めて、ここが小さな村のような場所であることにも気が付いた。
「……あの、ここはどこなんでしょう?」
「おや、迷子だったか。ここはメイサ村さ。第二都市セレヴィスタの近くだ」
つまりここは、以前私が住んでいた王都から遠く離れた場所だ。前回は聖女として王城に召喚され、手厚くもてなされたというのに、今回は見知らぬ村の草原に投げ出されたらしい。
ここから見えるメイサ村の人々は皆、老若男女関わらず忙しなく動き回っている。その様子をぼんやりと見つめていると、おばあさんは「ああ」と口を開いた。
「来月は聖女様がこの村をお通りになるから、お迎えをする準備で忙しいのさ」
「聖女様……?」
「ああ。三ヶ月前に新しい聖女様が異世界から来てくださったんだよ。知らないのかい?」
──既にこの世界には、私以外の新しい聖女がいる?
何もかもが分からないことばかりで、戸惑いを隠せない。どうしたらいいのかと頭を抱える私に、おばあさんは手に持っていたカゴから林檎をひとつ取り出した。
「ほら、これでも食べて元気出しな。困っているのならうちへ来るといい。あそこの角の家だから」
「あ、ありがとうございます……!」
優しさに胸を打たれながら真っ赤な林檎を受け取り、おばあさんにお礼を言って別れた後、私は近くにあった木陰に移動した。
まずはゆっくり、今の状況を確認したい。
「……あ、すっごくおいしい」
しゃく、と林檎を齧ってみると甘くて瑞々しくて、ほんの少しだけ落ち着くことができた。正直夢じゃないかとも思っていたけれど、どうやら現実らしい。
「とにかくまほアドの世界、ってことで間違いはなさそうだよね。……ええと、ステータスは見れるのかな」
そう呟くと、フォンという軽い音とともに目の前に水色の画面が出現する。前回もステータスという言葉を呟くだけで、私にしか見えないこの画面が現れたのだ。
なんだかほっとしつつ、懐かしさを感じながら画面へと視線を移した私は、はっと息を呑んだ。
「む、むらむすめ……?」
そう、前回は「聖女」と書かれていた部分には、村娘と表記されていたのだ。モブにも程がある。
やはり私はもう、この世界のヒロインではないのかもしれない。きっと過去の私のように、他の世界から来た新しいヒロインがいるのだろう。
『まほアド』初代ラスボスである魔王は既に倒したのだ、2年後が舞台の続編の世界である可能性が高い。
妙な胸騒ぎを覚えながら、画面に目を滑らせていった私の口からは、やがて間の抜けた声が漏れた。
「えっ? 全ステータスがMAX……?」
村娘というモブ感たっぷりの立場にも関わらず、全ステータスがカンストしていたからだ。どうやら聖女だった時のステータスを引き継いでいるらしい。
何でもやり込むタイプだった私は前回、ひたすらに睡眠時間を削り魔法の特訓や勉強に励んでいた。魔法を使えるというのは夢のようで、その力で誰かを助けられるなんて良いこと尽くめだった。
私としては楽しくやっていたつもりだったものの、周りからは「そんなに気負わなくていい」と止められたくらいだ。結局それを一年近く続けた結果、魔王を倒した経験値が入った直後、私の全ステータスは見事カンストした。ついでに真面目キャラも定着した。
今思えば仲間達はみんな優秀だったのだから、あんなにも頑張る必要はなかった。友人達と遊んだ記憶もほとんどなく、もっと異世界生活を満喫すべきだったと、後になって後悔したくらいだ。
とにかくよく分からないけれど、最初からステータスが高いのはかなりラッキーだろう。一度目の最初は、スライム一匹を倒すのすら一苦労だったのだから。
騎士であるディルクがいつも練習に付き合ってくれていたけれど、かなり迷惑をかけた記憶がある。
「……みんな、元気かな」
前回と同じ世界に戻ってきたのなら、きっと一緒に旅をしたみんなだってこの国のどこかにいるはず。新キャラクターが増えることはあるものの、初代の攻略キャラクターは全シリーズ共通で登場する。
けれど、この世界に新しい聖女がいるのなら、彼らにとっての守るべき存在も仲間も彼女なのだ。
寂しいけれど、きっと今の私は異端な存在だろう。ていうか本当に村娘ってなに?
とにかく謎の村娘である私が下手に関わっては、ゲームのシナリオが狂ってしまうかもしれない。そのせいで誰かに危険が及んだりするのは、絶対に避けたかった。
何より私はもう、あんな死に方はしたくなかった。今でも夢に見るくらいだ。ひっそりと平穏に暮らしたいなら、元聖女ということは隠すべきだろう。
「……あ」
そうしてステータス画面に目を通していた私はふと、好感度画面の存在を思い出した。前回の私は恋愛パートについて無知で、好感度を見れるということすら知らなかったのだ。
元の世界に戻った後、あらためて「まほアド」について学んだことで、今はこの世界について詳しくなっていた。前回来る前に学んでおきたかったけれど。
前回は友情大団円エンドを迎えたことを思えば、好感度は均一に溜まっているはず。
『ニナ、俺達ずっと友達だからな!』
『本当にニナはおバカさんね。女はもっと強かにずる賢く生きていかないとダメよ』
『お前がいないと駄目なのは、俺の方かもな』
友人達の気持ちを覗くようで罪悪感はあるものの、私の存在がみんなから消えていませんように、という祈りにも似た気持ちがあったのかもしれない。
胸の鼓動が早くなっていくのを感じながら、私はこの世界で初めて「好感度画面を表示」と呟いてみる。すると同時に、画面が反転し桃色に変化した。
もしかするともっと格好いい言い方があるのかもしれないけれど、無事に見れたのでOKとする。
本当にできたと内心驚きながら、画面に並んだ5つのハートを見た私は、絶句してしまう。
「えっ……な、何この色……こわ……」
かつての仲間であるディルク、オーウェン、テオ、ラーラの好感度を表すピンク色のハートは全て満タンで。
そして第一王子であるアルヴィン様のハートは、溢れんばかりの真っ黒に染まっていたからだ。