これはもしかしなくても修羅場 2
「あの、アルヴィン様、これは」
「ニナから離れろ、ディルク」
今までに聞いたことがないくらい、低く冷たいアルヴィン様の声にひやりとしてしまう。
その手は剣の柄にかけられていて、私は慌ててアルヴィン様の名前を呼んだ。
「何かな、ニナ」
するとアルヴィン様は、数秒前とはまるで別人のように優しい声で返事をし、微笑む。逆に怖い。
「これは誤解でして」
「へえ、ニナはディルクを庇うんだ? 俺がいない間に家の中に入れて、二人で触れ合う仲だから当然かな」
「庇うとか、そういうのじゃないんです。本当に」
笑顔なものの、相当怒っているのが窺える。
「髪が絡まってしまって、こうなってしまい……」
こんなベタな展開になってしまい私達も困っているとアピールし、髪が絡まった部分を指差して説明したところ、アルヴィン様は眉を寄せた。
「髪が絡まるほど近づく理由は?」
「ええと、それは」
「俺がニナを抱きしめたからだ」
「は」
広間が冷蔵庫になったのではないかというくらい、室内の温度が一気に下がった。なぜディルクは、火に油を注ぐようなことを言うのだろうか。
「でも、これは友情の確認的なハグなので」
「違う」
「えっ?」
「俺はそういうつもりで抱きしめたんじゃない」
「お前、死にたいのか」
再び私の必死なフォローは無に帰した。本当に待ってほしい、ディルクは何を言っているんだろう。アルヴィン様は今にも剣を抜きそうで、冷や汗が止まらない。
とにかく、このディルクに押し倒された状態のままでは気まずいし、私としても落ち着かない。
そう思い髪を外そうとするも、見事にボタンに髪がぐるぐると絡まってしまっている。自分の髪にそこまで思い入れはないし、さっさと切ることにした。
「ディルク、ごめんね。この体勢のまま、風魔法で髪の毛切っちゃうから少し動かないでいて」
「それは駄目だ」
「それは良くないよ」
けれど何故か、二人が髪を切ることを止めてくる。
「ニナ、しばらく目を閉じていてくれないかな? 君の綺麗な髪を切るわけにはいかないから、そいつの胴体を切り離すよ。少し待っていて」
「お願いですから髪を切らせてください」
そしてアルヴィン様の形の良い唇からは、今日も恐ろしい言葉が飛び出した。全然笑えない。
結局、私は迷うことなく自身の髪を切り離し、ようやくディルクとともに身体を起こすことができた。
「ディルク、服についたニナの髪を外して寄越せ」
「えっ?」
「こいつなら、何に使うか分からない」
「お前こそ、渡せば何をするか分からないだろう」
「…………?」
私の髪に、使い道などないと思う。さすがに髪にまで、聖女パワーがあるなんて聞いたことはなかった。
よく分からないけれど、どちらにも持っていて欲しくないと思った私は、そっとボタンから外させてもらった後、回収しておく。
「ニナ、おいで」
すると今度はアルヴィン様に腕を引かれ、抱き寄せられた。そして彼はディルクへ冷たい眼差しを向ける。
「何故ここにいる?」
「約束した通り、ニナに靴を返しに来たんだ」
「いつ彼女のことを知った」
「お前に答える必要はない」
これ以上ないくらい険悪な雰囲気で、大切な仲間である二人が私のせいで喧嘩になるのは嫌だった。
とりあえずアルヴィン様には落ち着いていただき、ディルクとは後日改めて話をした方がいいだろう。
「ディルクは悪くないんです。ひとまず、今日は」
「ニナは俺に隠し事をしていたんだね。そんなに俺に隠れてディルクに会いたかった?」
「黙っていてごめんなさい、でも正体は隠していましたし、ディルクだけじゃなくラーラもいて……」
「ああ、それで色々と気付かなかったのか。結界が完璧に修復されているのも、護衛達が眠っているのも彼女の仕業だね」
ラーラも一緒だと説明したことで、ディルクがここまで来れた理由を納得したようだった。
「そのラーラはどこに?」
「いなくなった使い魔を探しに森に……先日もその捜索でこの森に来て、ここに辿り着いたみたいで」
「そう。俺も悪かったかな、ニナにあまり窮屈な思いをさせたくなくて、管理を甘くしていた。これからはしっかりするよ」
アルヴィン様はそんなことを言い、私の肩をぐっと抱き寄せる。そんな彼の名を、ディルクが静かに呼んだ。
「ニナの存在を隠していたんだな」
「違うの、わたしが」
「ああ。ニナに余計な心配はかけたくないんだ」
「お前が独占したいだけの間違いだろう」
「アルヴィン様はわたしの」
「ニナだって同意してくれたんだ。お前には関係ない」
まったく口を挟ませてもらえない。そもそも2年前、二人はこんなにも仲が悪くはなかった。私が戻ってきたせいだろうかと思うと、悲しくなる。
そんな中、大きな音を立て再び玄関のドアが開いた。
「たっだいまー、ついに見つけたわよ! ってあら、アルヴィンもいるじゃない。何これ修羅場?」
そして場の雰囲気には不釣り合いな、ラーラの明るい声が家の中に響く。彼女の肩には、小型のドラゴンのような生き物が乗っていた。きっと例の使い魔だろう。
「……ラーラ」
「謝らないわよ。アルヴィンだってニナを隠していたんだもの、私も怒っているんだから」
アルヴィン様に対してはっきりとそう言うと、ラーラは鼻を鳴らす。そのままディルクの元へと向かい、するりと彼の腕に自身の腕を絡ませた。
「ま、今日のところはディルクを連れて帰ってあげる」
「そうしてくれ」
「でも私は今後もニナに会うから。じゃあね、ニナ」
「うん。あ、ディルク、靴ありがとう!」
「……ああ」
ラーラは小さく笑ったディルクの腕を引き、歩いていく。そうして玄関まで見送ろうとしたところ、アルヴィン様に行くなと言わんばかりに腕を捕まれた。
やがてドアは閉まり、二人きりになる。アルヴィン様を見上げれば、拗ねた子供のような顔をしていた。
初めて見るその表情に、どきりとしてしまう。
「……帰ろうか」
「は、はい」
アルヴィン様は私の手を引き、ちょこんと大人しくカーペットの上に座っていたシェリルの元へと向かった。みんなで王城へ戻るつもりなのだろう。
「…………」
「…………」
怒られたり責められたりすることもなく、重たい沈黙が続き、落ち着かない。転移魔法によって身体が浮遊感に包まれ、視界が眩しい光でいっぱいになる。
やがてそれらが落ち着き、目を開ければそこは、アルヴィン様の私室のベッドの上だった。なんで?




