掃除をすると心が綺麗になるらしい
 
2時間後、部屋で読書をしているとノック音とともにアルヴィン様の声がして、「どうぞ」と声をかける。
すぐにドアが開き、アルヴィン様が中へ入ってきた。彼はソファに座っている私の隣に腰を下ろすと、手元の本へ視線を落とす。これは先ほど、護衛騎士に頼んで図書館から借りてきてもらったものだ。
「さっきはごめんね。何を読んでいたの?」
「いえ、大丈夫です。この本はその、禁術魔法についての本です。さっきのことが気になって」
「……ニナは知らなくていいことだよ」
ふわりと微笑むと、アルヴィン様は片手で本をぱたんと閉じた。そして自然に取り上げられてしまう。
「エリカは大丈夫ですか? なんだかいつもと様子が違ったので、心配で……」
「大丈夫だよ。彼女は血や怪我にあまり慣れていないから、驚いたんだろう」
「そう、ですか」
なんだか違和感は覚えたものの、これ以上は尋ねないでおくことにする。アルヴィン様の笑顔からは、聞かないで欲しいというオーラをひしひしと感じた。
「先程の男性はまだ目を覚まさないんですか?」
「そうだね。気になる?」
「怪我の具合もそうですし、禁術を使って命を懸けるほどの願いって、何だったのか気になって……」
もしも家族の病を治したい、という願いなら、私にも手伝えることがあるかもしれないと思ったのだ。
アルヴィン様は一瞬目を見開いたけれど、やがて眉尻を下げ、少しだけ困ったような表情を浮かべた。
「ニナにはない? そんな願いが」
「こうなったらいいな、っていう簡単な願いはたくさんありますが、命を懸けてまでのというのは思いつかないです。……アルヴィン様にはあるんですか?」
「俺? 俺はあったよ」
「あった?」
「うん。もう叶ったから」
彼がどんなことを望んでいたのかは分からない。
けれど、それほどの願いが叶うというのはきっと、とても奇跡のような、嬉しいことに違いない。
「アルヴィン様の願いが叶ったのなら、良かったです」
「……うん。本当に良かったよ」
そう言って微笑み、アルヴィン様は私の頭を撫でた。
◇◇◇
翌日、私は朝から森の奥へとやって来ていた。護衛騎士達には少し離れたところから見守ってもらっている。
何をしに来たかというと、川の掃除だ。
「うわ、また汚くなってる」
先日、森の中を散歩していたところ、森の中を流れる小川がやけに濁っているのを見つけたのだ。
騎士達に聞いてみたところ、一年前から水質汚染が国全体で問題になっているらしい。国も色々と対策を立ててはいるものの、なかなか改善に至らないんだとか。
生活用水や農業用水などは魔法によりきちんと濾過して使われているため、基本的に問題はないという。それでも、動植物に関してはこのままの水を飲み、吸収しているのだ。絶対に良くない。
気休めにしかならないとは思いつつも、暇人の私はひたすら水に浄化魔法をかけ続けていた。無意味な可能性が高いため、アルヴィン様にも報告していない。
「浄化──……ふう、まだいけるかな」
額の汗を袖で拭おうとしたところ、騎士の一人がそっとタオルを遠くから差し出してくれた。
「ありがとうございます、助かります」
「いえ」
ちなみに騎士達はしっかりと護衛してくれているけれど、常に不思議な距離感がある。以前うっかり手が触れた際には何故か、土下座のような勢いで謝られた。
アルヴィン様から謎の圧力をかけられているのではと気付いたのは、つい先日のことだ。
「よし」
タオルを首に巻きつけ、周りの目は気にしないスタイルで再び小川の中にちゃぷんと両手を入れる。
この小川から繋がる水の量を考えると、キリがないことも分かっていた。とは言え、エリカに魔法を教える以外魔法を使うこともない私は、一応の回復魔法1回分を残しつつ、ひたすら魔力を注ぎ続ける。
きっと、何もしないよりはいい。そう信じて限界近くまで魔力を使い果たした私は、家へと戻ったのだった。
「ふわあ、眠たくなってきた……おいで、シェリル」
その後、お風呂に入って汗を流し、かなり遅い昼食をとった私はかなりの眠気に襲われていた。
ベッドに移動する気力もなく、大きくふかふかなソファに横になり、同じく眠そうなシェリルを抱き寄せる。
このまま二時間ほど昼寝をして、王城へ戻ろう。
そう決めて目を閉じた私は、浄化魔法を使いすぎた疲労から、一瞬で深い眠りに落ちていった。
「すまない、キャサリ──……ニナ?」
その後、予想外の訪問者が現れるとは知らずに。
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