本音を隠しきれない
「それ、誰に聞いたの?」
「散歩をしている時に風の噂で……私、耳が良いので」
「……そうか」
もちろん嘘だけれど、ラーラ達がここへ来たことは一応伏せておこうと思う。
ひとまず納得してくれたようで、ほっとする。アルヴィン様はやがて自嘲するような笑みを浮かべた。
「わ、っ」
そしてアルヴィン様は私を軽々と抱き上げると、そのまま広間の大きなソファの上に下ろす。
気が付けば背もたれに壁ドン状態、アルヴィン様に半ば押し倒されるような体勢になっていた。
あまりにも顔が近すぎて、アルヴィン様の柔らかな金色の前髪が私の顔に当たる。笑顔ではあるものの、その目は全く笑っていない。
「ニナは俺が他の女と結婚して、めでたいと思うんだ」
「えっ? 私は、その」
「悲しいな。すごく傷付いた」
結婚で浮かれていると聞いていたこと、結婚はおめでたいものだという認識があったため、何気なく「おめでとう」と言ったのだ。
アルヴィン様はそんな私の首元に触れ、続けた。
「俺はニナ以外と結婚する気はないのに」
「…………?」
「だから、ニナが聞いたのは俺達の結婚の話だよ」
私と、アルヴィン様の結婚。なんだろう、それは。
私達は数日前に2年ぶりに再会し、好きだと言われたばかりなのだ。そこからいきなり結婚というのは、あまりにも展開が早すぎる。
そもそも私は、なにひとつ同意していない。
「王族は結婚するまでに、一年以上の準備期間が必要なんだ。だから一応、先に伝えておいただけだよ。相手がニナだとは伝えていないから、嫌なら断っていい」
「こ、断った場合、どうなるんですか……?」
「結婚すると言った以上は、父の決めた適当な相手と籍を入れることになるかな。元々避け続けるのも限界があったし。それでも俺は一生、ニナを好きでいるけどね」
そんなことをあっさり言い、アルヴィン様は微笑む。
だからニナには何の影響もないし、気にしなくていいと言われたものの、気にしかしない。
「陛下はなんて……?」
「俺が今まで全ての縁談を断っていたから、最初は何度も聞き返されたよ。本当に孫の顔が見られるのかと今日も確認されて、母は泣くくらい喜んでいるみたいだ」
アルヴィン様の結婚というのは、この国にとってはかなり重大な問題だろう。次期国王に内定しているとは言え、歳の近い第二王子もいるため、結婚せずにいればその立場だって危ういに違いない。
もしも仮に、万が一、何か間違いがあって私とアルヴィン様と結婚するとなれば、私は王妃になる。
付け焼き刃のマナーとともに聖女として社交の場に出たことはあるものの、何か粗相をしても異世界人だから、という理由で許されていた。
けれど、王妃となれば全ての人々の模範とならなければならない。社交だって外交だって担うことになるだろうし、どう考えても私なんかに務まるはずがなかった。
「私とアルヴィン様では釣り合わないですし、私は王妃が務まるような人間ではありません」
「前聖女のニナは民からのイメージも良いし、問題はないよ。父も母も、ニナのことはとても気に入っていたしね。お飾りでいい。俺が全て上手くやるから」
アルヴィン様ならば本当に全て上手くやってのけそうだけれど、きっとそんな簡単な問題ではないはず。
思わず考え込んでしまった私を見て、アルヴィン様は困ったように微笑んだ。
「勝手なことをして、驚かせてごめんね。ニナにはもう少し落ち着いてから話すつもりだったんだ。気負わないでほしい」
「…………」
「それでも、ゆっくりでいいから俺を好きになってくれたら嬉しいな。本当にニナのためなら、何でもする」
私の髪をそっと1束掬いとり、キスを落とす。
本当に何もかもが絵本に出てくる王子様のようで、どきりとしてしまう。こんなにも綺麗で完璧な人が、私を好きなんて絶対におかしい。
これもゲームの強制力なのだろうか、なんて考えていると「今、また余計なことを考えた?」と尋ねられてしまった。彼ならば本当に心くらい読めそうで怖い。
アルヴィン様はやがて上着を脱いでソファに掛けると、再び私にぐっと近づいた。
「ねえ、ニナ。勝手に話を進めてしまった俺が悪いけど、さっきのは本当に悲しかったし、傷付いたな」
「さっきの、というのは」
「俺が君以外の女性と結婚すると思われていたことも、おめでとうなんて言われたことも。俺のニナへの気持ち、まだ伝わっていなかったんだ」
「アルヴィン様、ちかいです」
「近づいているからね」
こんなに近くで見ても肌はまるで陶器のようで、なにひとつ文句のつけようがない。ぞっとするくらい、全てが美しい人だった。
「どうしたら俺にはニナだけだって分かってくれる? ああ、そうだ。ニナの名前を身体に刻もうか」
「えっ、こわ……じゃなくて、そんなことをされなくても、十分、伝わっています! ごめんなさい!」
「そう? それなら良かった」
思わず本音が口から溢れてしまった。流石に重すぎる。彼の宝石のように輝くアメジストの瞳に映る私は、間抜けな顔をしていた。
それでもアルヴィン様は「可愛い」なんて言って笑うのだ。絶対におかしい。どうして彼はこんなにも、私のことが好きなのだろう。
「ねえ、慰めてほしいな」
つん、と鼻先が触れ合う。お互いの吐息がかかる距離で、私はもう指先ひとつ動かせずにいた。




