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哀れな森の管理人



「はあ? うるさいわね、私の使い魔がこの森に逃げたのよ。お前達は見てないわけ?」

「見ていませんが……とにかく、こちらには近寄らないようお願いいたします」

「ていうか何? この小屋。結界ぶっ壊したらいきなり出てきたけど、なんで近寄っちゃだめなの?」

「……初めて見る小屋だな」


 窓から騎士達に詰め寄るラーラと、じっと小屋を見つめるディルクが見えた私は即座に慌てた。


 とりあえず変身魔法をかけたものの、練習不足のせいでいつもの姿にしか変身できない。この姿はディルクに見られているため、シェリルとともに裏口から逃げようと決める。


 そうしてドアを開けた瞬間、ドアの目の前に立っていたディルクとばっちり目が合った。どうやらラーラと二手に別れたらしい。流石というか、移動が速すぎる。


 同時に、ディルクの瞳が驚いたように見開かれた。


「……どうして、君がここに」

「え、ええと……」


 表玄関からは「誰かいた?」というラーラの声が聞こえてきて、もう逃げられそうにないと察する。


「この間、ヒユリア山にいたキャサリンだよな」

「あっ、そうですかね」


 自分でも忘れていた適当な名前を、彼はしっかり覚えていたらしい。正直、ものすごく恥ずかしい。


「あら、なに? なんなのお前は」

「ええと、この森の管理人です……」


 やがて玄関から入ってきたラーラも、私達の声を聞きつけてやってきた。輝くような紫色の髪を靡かせた彼女は2年前よりも美しく、色気が増した気がする。


 長い睫毛に縁取られた大きな目で、頭から爪先まで品定めをされるように眺められ、落ち着かない。


 咄嗟に苦しすぎる言い訳をしてみたけれど、二人に納得する様子はなかった。結界を幾重にも張られ、騎士に囲まれた大きな家で暮らしている女など、怪しすぎる。


「彼女が先日ヒユリア山で会った、例の女性だ」

「ああ、ニナに仕草なんかが似ていたっていう」

「……!?」


 やはり一番一緒にいる時間が長かったディルクの目は、誤魔化しきれなかったらしい。冷や冷やしながら、この後はどうしようと頭を必死に回転させる。


 怪訝な顔で辺りを見回していたラーラは、やがて「あら?」と呟き、一点で視線を止めた。


「……これ、アルヴィンの上着じゃない?」

「昨日着ていたものだな」


 どうやら昨日、忘れていったアルヴィン様の上着を見つけたらしい。するとラーラは、納得したような表情を浮かべた。


「お前がアルヴィンの女ね! 結婚で浮かれているのは知っていたけれど、相手が誰か気になっていたのよ」

「えっ?」

「ニナに仕草なんかが似ていたのも、アルヴィンに仕込まれたのね。そのうち顔なんかも変えられるのかしら」

「ええっ……」


 なんだか、さらりととんでもなく恐ろしいことを言われた気がする。ラーラの中でのアルヴィン様は、一体どんな人間なのだろう。


「アルヴィンと結婚するんでしょう? どんな相手かと思ったら、こんなに地味だとは思わなかったけど」

「ええっ」


 地味なのはさておき、結婚とは一体。アルヴィン様が結婚するなんて話は初耳だった。


「あの、結婚というのは」

「城はその話でもちきりよ。相手はお前じゃないの?」

「違います」


 良く分からないけれどディルクも否定しないあたり、結婚の話は本当なのだろう。アルヴィン様が、結婚。


 私のことを好きだと言っていたのは、あの様子を見る限り嘘ではないはず。それでも結婚で浮かれているとなると、私以外にも好きな女性がいるということになる。


 あんなにも私だけだという顔をしていたのに、そんなことがあるのだろうか。アルヴィン様はそんな人ではない気がする。


 とは言え、結婚が事実ならば私とこのまま一緒にいては相手にも失礼だし、不誠実だ。一度しっかり話をしなければ。


「じゃあお前は愛人なのかしら? なんだか可哀想ね」

「あ、愛人……」

「ラーラ、そこまでにしろ。彼女はきっと今までアルヴィンのために頑張ってきたんだ、傷付くだろう」

「いや、あの」


 なんだか私は、アルヴィン様に好かれるために(ニナ)になりきろうとしたものの、本命にはなれなかった哀れな女の扱いをされ始めている。


 正体がバレずに済んで良かったものの、いまいち解せない。やがてディルクは、じっと私を見つめた。


「その、君の靴を持っているんだ」

「えっ」

 

 あの日落とした靴を、まさかディルクが持っていたなんて。いくら探しても見つからないわけだ。


「近いうち、届けに来る」

「いえ、大至急捨てていただいて」

「君はあの日『元々ボロボロでゴミみたいなもの』と言っていたが、ポーションにまみれていたが新品同様だった。そんなにも気を遣わなくていい。綺麗にしてある」

「あ、ありがとうございます……」


 色々と辛い。それでも優しいディルクならば、謎の女の靴を片方だけ持っていては落ち着かないだろう。返してもらって終わりにしようと決める。


「あの、お二人はどうしてここに?」

「私の可愛い使い魔がこの森の中に逃げてね、暇をしていたディルクを連れて捜索していたのよ」

「俺は暇じゃない」

「この森なんて数年ぶりにきたから、アルヴィンも油断していたんでしょうね。結界も幾重にしっかり張られていたけど、私の前じゃ無意味のようなものだし」


 彼女が自ら探しにくるほどなのだ、相当レアな使い魔らしい。今後も捜索は続けるようで、落ち着かない。


「ま、とりあえず帰るわ。見つけたら保護しておいて。あと、アルヴィンみたいな腹黒性悪激重執着男のことはさっさと忘れて、幸せになった方がいいわよ」

「あっ……ハイ……」

「結界は同じものを張って護衛の記憶も消しておくから、お前も私達のことは黙っておきなさいよ。あと、この家の中の監視用の魔道具も止めてあるから。そうしないとアルヴィンの奴、面倒だもの」

「分かりま……監視用?」


 情報過多で眩暈がしてきたものの、どうか早々に使い魔が見つかり、靴を返却してもらえることを祈りながら二人を見送る。


 それでもラーラにも久しぶり会えて嬉しかったな、元気そうで良かったと思いながら、私はぴったりと側にいてくれるシェリルを撫でた。



 ◇◇◇



 それから2時間後、アルヴィン様がやってきた。護衛の騎士達も彼もいつも通りで、流石ラーラだと感服する。


「お疲れ様です。今日は早かったんですね」

「ニナに会いたくて、早く仕事を切り上げてきたんだ」


 アルヴィン様は柔らかな笑みを浮かべると、当たり前のように私を抱き寄せた。けれど結婚の話を聞いてしまった以上、こんなのは絶対に良くない。


 だからこそ、すぐに胸元を両手で押すと、アルヴィン様は捨てられた子供のような表情を浮かべた。


「……ニナ? 俺のことが、嫌になった?」

「いえ、そういうわけでは」

「悪いところがあれば全部直すから、どうか嫌いにならないでほしい。俺にはニナしかいないんだ」

「あの、アルヴィン様、落ち着いてください」


 縋り付くように私の肩を掴んだアルヴィン様に、嫌いになっていないと必死に伝える。その後なんとか伝わったようで、ほっと息を吐いた。


 そしてまずは、結婚の話をすべきだろうと口を開く。


「結婚されるんですよね。おめでとうございます」

「…………は」


 その瞬間、なぜか彼の纏う空気が氷点下に達した。



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― 新着の感想 ―
[一言] 腹黒性悪激重執着男…!!! 二度見したものの、的確すぎて(笑) ラーラさんにもニナちゃん溺愛して欲しいなぁ。
[一言] きゃ〜恐い恐い(笑)
[良い点] 前半のまさかの展開に笑いが止まりませんでした! とんでもない誤解が生まれている…笑 そして家の中に監視の魔道具が設置されていたとは…。完全にスローライフの真逆をいってますね…! アルヴィ…
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