とある白魔法使いの企みごと
ある日の昼下がり、エリカと僕はアルヴィンによって執務室に呼び出されていた。
「私とオーウェンさんが呼び出されるって、やっぱりポーションの話ですかね……?」
「そうかもね」
「ニナさんのこと、ちゃんと隠せるでしょうか? アルヴィン様に嘘吐くの、本当に苦手なんです……」
「エリカは誰に対してもじゃないかな」
そんな話をしているうちに到着し、ドアを叩いて名乗る。すぐに中からは「入れ」という声が聞こえてきた。
「失礼するよ」
「おじゃまします」
「ああ」
「話ってなにかな? 改まって」
「確認したいことがある」
アルヴィンにソファを勧められ向かい合って座ると、彼はメイドを呼びお茶の用意をさせる。
じっとその様子を見つめていたアルヴィンは、やけに顔色がいいことに気がつく。そのことを口に出せば、「ああ」と驚くほど穏やかな笑みを向けられた。
「ここ数日、よく眠れているんだ」
「……妙な薬に手を出してないよね?」
「薬、か。それに近いかもしれない」
ニナがいなくなってからというもの、アルヴィンが眠れなくなっていたことも知っている。喜ばしいことだとは思いつつ、言いようのない違和感を覚えてしまう。
「そういや、今日はやけに陛下の機嫌も良かった気がするんだよね。何か良い知らせでもあったのかな」
「ようやく俺が結婚すると言ったからだろう」
「へえ、それは当然…………結婚?」
「全ての縁談を断っていた俺が、自ら申し出たんだ。今頃は大臣達と泣いて喜んでいるんじゃないか」
平然とした様子でティーカップに口をつけたアルヴィンに対し、隣に座るエリカは「えっ、おめでとうございます! お相手はどなたなんですか?」と両手を組んで祝福している。
そしてすぐに、気づいてしまう。
「……ニナを見つけたんだね」
「ああ」
「知っていて伝えなかった僕を責めないんだ?」
「どうせお前なら、そうすると分かっていたからな」
視界の端でエリカが戸惑い、喜んでいいのか分からない面白い顔をしているのはさておき、謝罪の言葉を述べればアルヴィンは「いいよ」と微笑んでみせた。
「ニナは今どこに?」
「安全な場所にいるよ。エリカが聖女としての務めを終わらせるまでは、お前達に会わせないつもりだ。エリカだけは魔法を教わるといい」
「ニナさんに会えるんですか? 嬉しいです……! 私、本当に頑張りますから! でも、テオさんや皆さんに抜け駆けしているみたいで申し訳ないです……」
アルヴィンのことだ、その間にニナを完全に囲い込むつもりなのだろう。ニナも予想通り、アルヴィンを受け入れざるを得なかったに違いない。
「今日は改めてこの後の流れを把握するため、二人を呼んだんだ。ニナを不安にさせる訳にはいかないからな」
「ええと、この後の大きなイベントは……私が誘拐されるのと、北の森に魔物が大量発生するのと、邪竜が現れる、ですね。どれも避けられないことだと思います」
「そうか。……本当にくだらない世界だ」
自嘲するような笑みを浮かべ、アルヴィンは続ける。
「五ヶ月後の邪竜以外、時期は分からないんだな?」
「本来なら今お伝えした順ですが……ニナさんの時にも順序は変わったんですもんね?」
「そうだね。タイミングはわからないけど、ある程度備えておくことはできると思うよ」
ニナの時にも、同じように対処していった。ただ彼女の場合は準備など要らなかったのではないかというくらい、どんなことも優れた聖魔法であっさりと解決してのけていたけれど。
「誘拐に関しては、確か誘拐犯に酷いことを言って逆上させて殺される、死亡バッドエンドがあったはずです」
「それはそれは……きちんと大人しくしているんだよ」
「もちろんです! 皆さんが助けに来てくれるまで、掃除でも洗濯でも何でもしてぺこぺこします!」
「是非そうしてくれ」
アルヴィンはそう言うと、小さく笑った。つい先日とは本当に別人のように機嫌が良い。
エリカの誘拐に関しては追跡用の魔道具を着けさせておき、すぐに助けに入れば問題ないだろう。魔物の大量発生だって騎士団を引き連れ、僕達の中から数人が向かえば問題はない。
「邪竜に関しては、エリカに頑張ってもらうしかないね。僕達はある程度弱らせるくらいしかできないから」
「はい! 頑張ります!」
ニナが作ってくれたという手記をもとに、エリカは毎日努力を重ねている。その甲斐あって、彼女は驚くほどに成長をしていた。
「ディルク達にも共有しておいてくれ。ラーラは今後、予言に力を入れるように伝えてほしい」
「分かったよ」
このまま無事に何事もなく、エリカが聖女としての務めを果たしてくれることを祈るばかりだ。
やがて練習があるというエリカは執務室を後にし、アルヴィンと二人きりになった。ぬるくなった紅茶を一口飲み、アルヴィンへと視線を戻す。
「僕はニナは王妃に向いていないと思うけどな」
「俺もそう思う」
「まあ、まずはニナを口説き落とさないとね」
アルヴィンほど、何でも持っている人間はいない。普通の女性ならば一瞬で落ちてしまうだろう。
ただ、ニナの場合は分からなかった。彼女は恋愛に関して恐ろしいほどに鈍感なのだ。
2年前もあれほどアルヴィンやディルクから好意を向けられていたのに、一切気づいていなかったことを思うと、先は長そうだった。
「あ、アルヴィンの顔は好みだって前に言ってたよ」
「……そうか」
たったそれだけで、いつも冷たい瞳をしているアルヴィンが照れたような様子を見せるのだから、恋とか愛とかいうものは本当に恐ろしい。
「ま、応援してるよ。ニナには優しくね」
「お前だってニナを好きなのに?」
「好きだったんだよ。僕は僕を好きになってくれる子が好きだからね。勝ち目のない勝負はしない質なんだ」
それだけ言って立ち上がり、執務室を後にする。
今は本当に、彼女に対して恋心は抱いていない。可愛い妹のようなものだ。
「……さて、どうやってニナに会いに行こうかな」
それでも少しくらい、アルヴィンに意地悪をしても罰は当たらないだろう。
何より一途にニナを想っていたディルクにだって、チャンスはあってもいいはず。そんなことを考えながら、王城内に探索用の使い魔を数体放っておいた。




