思っていたのとかなり違う
頷いてしまった私に対し、アルヴィン様は「一生幸せにする」と、幸せを詰め込んだような笑みを浮かべた。
一生だなんて大袈裟だと笑い飛ばせそうにないオーラを感じながら、アルヴィン様の質問に答えていく。
「ニナはずっとメイサ村に住んでいたんだね。さっきはセレヴィスタで何をしていたの?」
「魔獣を飼いたくて、出店を見に」
「へえ、デートをしてたんだ。あの男は何?」
全くもってデートではないし、落ち着いてほしい。アルヴィン様が纏う空気が、一瞬にして冷えきっていく。
先ほどは過去は気にしないという顔をしていたのに、結局ブルーノとの出会いから今までの全てを説明させられてしまった。
「良かった、ただの仕事相手なんだね。でも、それなら手は繋ぐ必要はなかったんじゃないかな」
「す、すみません……?」
「いいよ。二度としないでね」
しっかりと指を絡めて手を繋ぎながら、アルヴィン様はそう言ってのけた。今も繋ぐ必要はないと思うけれど、口が裂けてもそんなことを言える雰囲気ではない。
「アルヴィン様は、どう過ごされていたんですか?」
「俺はずっと、ニナにもう一度会うことだけを考えて生きていたよ。本当にニナが帰ってきてくれてよかった」
「……はい」
「まだ夢の中にいるみたいだ。ありがとう」
お礼を言われるようなことなんて、何もしていないのに。アルヴィン様は繋いでいない方の手で私の髪をそっと梳くと、柔らかく瞳を細めた。
「私はこれから、どうすれば良いでしょうか」
こんなことを聞くのはおかしい気がするものの、側で見てほしいと言われ頷いた以上、彼の意思を汲みたい。
アルヴィン様はやっぱり嬉しそうに微笑むと「ニナはやっぱり優しいね」と言って、私の指先を撫でた。
「本当にただ、俺のそばに居てくれればいい。ニナは自然の中でスローライフ、っていうのがしたいんだよね? どんな家に住みたい? 王城の裏の森の中にすぐに作らせるから。俺にこだわりはないし、合わせるよ」
「…………?」
「本当はこの部屋にずっといて欲しいけど、我慢する」
色々とおかしい。まるで二人で新居に住むような口ぶりだ。そもそも、王城の裏に家を建てるとは一体。
「ああ、でも夜は基本的に王城にいないといけないし、俺は休日だけ過ごすことになるかな」
「いや、あの」
「何かあっては困るし、ニナも夜は王城で過ごしてね。ニナの寝室は隣に用意するから。他に何か必要なものはある? ああ、魔獣もニナの好きなものを飼おうか」
最早どこから突っ込めばいいのか分からなくなっている私に、アルヴィン様は続けた。
「それとシナリオが変わってしまうのが怖いのなら、俺以外には会わない方がいいんじゃないかな」
「えっ?」
「ニナの存在は、彼らにとっても大きすぎる。いざという時、ニナを優先するのは明らかだよ」
そもそも『まほアド2』は、前聖女は攻略対象達と友情を育み世界を救った末に引退した、という前提でスタートする。元の世界に帰ったのか、この世界に残ったのかは明記されていない。
それから2年後、新たに現れた聖女と共に新たな生活を始め、恋に落ちるというのがメインストーリーだ。
初代よりも好感度は上がりやすく、レベルも上がりやすいはず。前聖女の話などは、冒頭のプロローグで一行程度しか出てこない。
だからこそ、今もみんながこんなにも私を好いてくれていること自体がおかしいのだ。もちろん嬉しいし、私の存在自体が一番おかしいのだけれど。
「でも、みんなに会いたい気持ちはあります。それに、エリカには魔法を教えている途中ですし」
「それならエリカにだけ会って、他の人間に会うのはエンディングに辿り着いた後でも良いと思うな。彼らもニナのことは好きだろうけど、ニナを愛しているのも、ニナがいないと生きていけないのも俺だけだから」
そんなことをさらりと言うと、アルヴィン様は眉尻を下げ、「ね?」と首を傾げた。顔が美しすぎて、先ほどから目がチカチカする。
けれど、アルヴィン様の言った方法が今のところ一番安全かもしれない。そう思った私は、再び頷く。
「……わかりました。とりあえず、そうします」
「ありがとう。大好きだよ、ニナ」
アルヴィン様はふわりと微笑み、私の頭を撫でた。
◇◇◇
それから3日後、私は広く大きな真新しい家のソファの上に座り「うーん」という声を漏らしていた。
そう、たったの3日でアルヴィン様は本当に、王城の裏の森にそれはもう立派な家を建てたのだ。もちろん、私のために。
家の外には何故か、質の良いレアな薬草がこれでもかと言うくらいに生い茂った大きな畑がある。
「……ふふ、眠たいなら寝てもいいからね」
そして私の側には、銀狼のシェリルがいた。とても賢くて可愛くて、私は朝から晩まで彼女をもふもふしている。シェリルもアルヴィン様が出会わせてくれた。
『何が欲しいか遠慮しないで教えて? ニナの欲しいものが分からないと、何もかもをとりあえず用意するよ』
欲しいものを言わなければ恐ろしいことになると察した私は、とりあえず夢見ていたスローライフ像を話してみたところ、彼はたったの3日で全てを叶えてくれた。正直怖い。
ちなみに、家の周りには常に騎士が数人配置されている。私は朝から夕方までこの家で過ごし、夜は王城のアルヴィン様の隣の部屋で眠る。夕食も彼と王城でとっていた。
朝も起きた後はアルヴィン様と朝食をとり、仕事に行く彼を見送った後、私は騎士に囲まれて再びここへとやって来る生活をしている。
移動も基本アルヴィン様の用意した転移魔法陣を使っているため、彼と護衛以外にはしっかり存在を隠されているらしい、のだけれど。
「……なんかこれ、違うのでは?」
これは間違いなく、私の求めていたスローライフではない。贅を尽くしたニートライフだ。
張り切って働きたいわけではないけれど、ある程度生きていくために何かをすべきだとは思っている。この状況はアルヴィン様に甘やかされて、養われているだけ。
スローライフというのは与えられるものではなく、自ら掴み取るものなのだと気づいてしまう。
エリカの魔法指導も、来週以降からだと聞いている。ポーションも魔導具も私が作る必要がないと言われてしまい、本格的にすることがない。
このままではダメ人間になってしまう、何か出来ることを探そうと立ち上がったところ、不意に外から声が聞こえてくる。
「これ以上、立ち入られては困ります!」
一体何事だろうと窓を覗いた先には、なんとラーラとディルクの姿があった。




