一度目の異世界と聖女だった私
──生まれてから一度も、恋というものをしたことがなかった。興味がなかったわけではないけれど。
そんな私に少しは勉強しろと友人が貸してくれたのが、人気ゲーム『剣と魔法のアドレセンス』だった。
ヒロインである聖女は世界を救うため、魔法使い、騎士といった攻略対象達と共に魔王討伐の旅に出るというよくあるストーリーだ。
それでも笑える場面や感動するシーンも多く、ハマってしまった私は寝る間も惜しんでプレイした。
乙女ゲームではあるものの、冒険や魔物とのバトルなどRPG感が強い。やり込み要素も多いことで私は恋愛パート以外に熱中してしまい、友情大団円エンドを迎え友人に「だから恋愛をしろ」と怒られてしまった。
『うーん、戦闘力を上げることばかり気にして、恋愛系の選択肢を全部適当に選んだのが悪かったのかな……』
RPGゲームの経験はあったけれど、乙女ゲームをプレイするのは初めてだったのだ。好感度が上がる選択肢なんて、さっぱり分からない。
誰から攻略しようかと悩みながら、友人のオススメは騎士のディルクだったことを思い出す。まあ、最初の選択肢が出てくるまでに決めればいいだろう。
今度こそはと攻略サイトを開き、2周目をプレイしようと『ゲームスタート』ボタンを押した瞬間だった。
『えっ? なに……!?』
突然目を開けていられないほどの眩い光に包まれ、ゆっくりと目を開けた時にはもう、見知らぬ場所にいた。
まるでお城の一室のような場所で、固くて冷たい床にへたり込む私を、見慣れない服を着た大勢の人々が取り囲んでいる。どう見ても、日本という感じですらない。
『聖女様の召喚に成功したぞ!』
『これで我が国も安泰だ!』
何が起きているのだろう、ここはどこだろうと、思考が停止しかけている頭で必死に考えていた私は、はたと気付く。
──あれ、この景色もこのセリフにも覚えがある。プロローグのシーンとまったく同じだ。
『ようこそ、聖女様。ワイマーク王国へ』
まるでこの世のものとは思えないほどに美しい、銀髪の青年がふわりと微笑み、手を差し伸べてくる。
彼がゲームの中で一緒に旅をしていた攻略対象のオーウェンだということにも、すぐに気が付いた。
『僕は白魔法使いのオーウェン。お名前を伺っても?』
『……に、仁奈です』
『ニナ、素敵な名前だね。僕達は貴女を歓迎するよ』
そう、私は『剣と魔法のアドレセンス』の世界に転移してしまっていたのだ。それも、ヒロインとして。
◇◇◇
それから私は『まほアド』の世界で聖女ヒロインとして仲間達と共に世界を救い、やっぱり友情大団円エンドを迎えた。当時16歳だった私には辛いことも大変なことも多かったけれど、とても楽しい日々だった。
剣も魔法も極め存在がチートである第一王子のアルヴィン様、一番の友人で公爵令息である騎士のディルク、女好きだけどいつだって私を気遣ってくれた白魔法使いのオーウェン、お調子者で可愛いエルフの弓使いテオ、そして姉のような存在で黒魔法使いのラーラ。
とは言え、最初からみんなと仲が良かったわけではない。冷たい態度を取られたことも、心ない言葉を浴びせられたこともあった。それでも一生懸命に聖女としての役割を果たしながら旅を続けていくうちに、友人関係を築くことができたのだ。
中でも、アルヴィン様の変化は大きかったように思う。最初は会話すらまともにしてもらえなかったのに、魔王を倒した後は誰よりも私に感謝してくれていた。
『ニナがいてくれて良かった。君に出会って、俺の世界は変わったんだ』
『ありがとうございます。でも世界が平和になったのは、私だけじゃなく皆のお蔭ですよ』
『……ああ、そうだね。今夜、時間をくれないだろうか。ニナと二人きりで話がしたいんだ』
『? はい、分かりました』
けれど私はその日の晩、アルヴィン様との約束も果たせず、みんなとお別れもできないまま何者かに殺され、元の世界に戻ってしまったのだ。
そしてそれから、2年の月日が経ち──……
「……うそ、でしょう」
19歳になった私は何故か再び、『まほアド』の世界へやってくることになる。