まるで世界が変わるような
オーウェンと再会した翌日、私はテーブルに両手と額をくっつけ、ブルーノに全力謝罪していた。
「本っ当に巻き込んでごめんなさい」
「いや、お前を守るのも俺の仕事のうちだったんだ。謝るのはこっちの方だからな。つーか自白魔法を防ぐ魔道具だって用意してたのに、発動する一秒の間にやられたんだぞ? なんだったんだ、あいつ」
まさかこの国の魔法塔の最高権力者だと言えるはずもなく、苦笑いで誤魔化すほかない。
私の存在を知ってしまった以上、ひとまずエリカがエンディングを迎えるまで、あまり関わらない方がいい。そう判断したオーウェンは、嫌だと大暴れするテオと大泣きするエリカを無理やり連れて帰っていった。
僕だけこっそりニナに会いに来ていい? なんて言って笑っていたけれど、オーウェンは自分だけそんなことをしたりはしないと分かっている。
──これからはまた、今まで通りの日常に戻る。たったそれだけなのに、寂しさを感じてしまう。
「お前が何かから逃げてたのも分かってたのに、本当に悪かったな。日頃ニナには稼がせてもらってるし、詫びをさせてくれないか」
「そんな、お詫びなんていいのに」
「前に魔獣が欲しいって言ってただろ? 今日からセレヴィスタで祭りをやってるんだが、魔獣を売ってる出店もあるんだ。知り合いの店だし、そこで買ってやるよ」
「魔獣って売ってるの? 私、てっきり山や森で出会って気が合ったら一緒に帰れたりするのかと」
「はは、なんだよそれ。実は厳しいんだよ、色々と」
魔獣は勝手に捕まえてはならないという法があるらしく、国からの許可を得た店で所定の手続きを踏み、お迎えする必要があるのだという。
人間が好きな子とそうでない子がいるようで、人懐っこい魔獣のみが売られているんだとか。
「最近は人気の雪兎なんかも扱ってるらしいぞ」
「雪兎……お、お言葉に甘えても……?」
「もちろん。暇なら今から早速行こうぜ」
その名前だけで、絶対に可愛いことを確信する。鼻が効くため、薬草探しなんかも手伝ってくれるらしい。
胸を弾ませた私はそのまま支度をすると、ブルーノと共に第二都市セレヴィスタへと向かったのだった。
◇◇◇
「わあ……! 人がたくさん!」
「田舎の人間っぽくていいな、その反応」
やがて到着したセレヴィスタは王都の街中に負けないくらい華やかで、大勢の人で賑わっている。
王都とセレヴィスタは転移魔法陣で行き来できるため、テオやエリカもここからやってきていた。
大抵の用事は村の近くの町で済むため、ここに来るのは初めてだった。もちろん変身魔法はかけているし、地味な服装をしてフードを目深に被っている。
何よりこれだけ大勢の人がいれば、私など他人の目に留まることもないだろう。
「ほら、こっちだ」
そうしてブルーノに手を引かれて向かったのは、大きなテントのような場所だった。
中には檻に入った可愛らしい小さなものから、先日の銀狼といった大きなものまで、たくさんの魔獣がいる。
どの魔獣も可愛くて魅力的で、胸がときめく。ここの店主さんは本当に魔獣が好きなようで、購入したお金は今後の保護費用や餌代になるらしい。優しい世界だ。
「どうしよう……選ぶのに3日はかかりそう」
「祭りは5日続くから、あと4日は悩めるぞ」
ブルーノはくすりと笑うと、店主さんと話をしてくると言い奥へ入って行った。大人しくこの辺りで見てろよと子供扱いをされつつ、ゆっくりと魔獣を見ていく。
「でもやっぱり、乗れるのも魅力的だよね」
そう思いながら何気なく銀狼の値札を見た私は、目玉を落としそうになった。ブルーノにはとても頼めそうにない。やはり何をするにも、お金は必要だ。
今後はどうやってお金を稼ごうかと頭を悩ませていると、不意にテントの外から悲鳴が聞こえてきた。
何事だろうとテントの外を覗けば、広場の真上で数体のワイバーンが旋回しているのが見えた。魔物がこうして街中にやって来ることは滅多にないというのに、よりによってどうしてこんな人の多い日に。
警備の騎士達がすぐに駆けつけたものの、いつの間にか一体の手の中には小さな男の子の姿があり、迂闊に攻撃魔法を繰り出せずにいるようだった。
「おい、一体何が……うわ、まじか」
騒ぎを聞き付けたブルーノが奥から出てきて、ひょいと私の後ろから空を見上げる。
「ってニナお前、どこに行く気だよ」
「私が倒そうと思って」
「いやいやいや、待てって」
魔物だけを聖魔法で倒せる私なら、怪我なく救い出せるだろう。正体がバレるバレないを気にしているうちに、もしも子供に何かあれば、私は一生後悔する。
「色々と察するにここでそういうのは良くないんじゃ、ってお前、見た目によらずめちゃくちゃ力強いな」
「人混みに紛れて魔法を使って、その後は走って逃げるから大丈夫!」
ブルーノを引きずりながらテントの外に出て、逃げ惑う人々の流れに逆らい広場に向かう。けれどなかなか進まず、もはやこの距離から広範囲に展開させた方が良いだろう。そう思い、空に向かって手を翳した時だった。
子供を掴んでいたワイバーンの手元だけが切り落とされたのと同時に、一瞬にして空が炎に包まれる。
「えっ?」
ワイバーン達はあっという間に影も形もなくなり、地面へ落ちた子供は無事に受け止められたようだった。
一体何が起きたのかと、広場へと見回した私はやがて、はっと息を呑む。
「…………アルヴィン、様」
そこにいたのは、間違いなく第一王子であるアルヴィン様だったからだ。光の束を集めたような眩しい金髪が、彫刻のように美しい横顔を引き立てている。
じっと空を見上げるその顔に表情は無く、遠目からは精巧な人形のようにも見えた。
きっと今のは、彼の使った魔法だろう。どうしてここにいるのだろうと思ったものの、その服装や周りにいる騎士の様子を見るに、討伐遠征の帰りだったのかもしれない。何にせよ、子供が助かったようでよかった。
民衆達も皆、子供を救ったのが第一王子だと気付いたようで、広場は歓声に包まれる。
剣を納める姿につい見惚れてしまっていたけれど、私はすぐに我に帰った。オーウェンから、アルヴィン様だけには見つかるなと言われているのだ。
数百人もの人でごった返しているとは言え、一応はこの場を離れた方がいいだろう。
そう思い、ブルーノの手を握り返した時だった。
「…………っ」
不意に、アルヴィン様がこちらを向いた。その瞬間、彼の宝石のような瞳が大きく見開かれる。
こんなにも離れた場所で、こんなにも大勢の人がいて、私は顔を変えているのだ。
アルヴィン様は絶対に、私を見ているわけではない。ただ、こちらの方向を見ているだけ。
そう分かっているはずなのに、心臓は早鐘を打ち、呼吸をするのも忘れ、彼から視線を逸らせなくなる。
周りの音が聞こえなくなり、まるでこの世界に二人きりになったような、そんな感覚さえ覚えた。
「──え」
そんな中、無表情のままだったアルヴィン様の美しいスミレ色の瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。
そして形の良い唇が「ニナ」と紡ぐように動いた瞬間、私はもう、その場から動けなくなっていた。
いつもありがとうございます。
このたび本作「カンスト聖女」の書籍化・コミカライズが決定いたしました……!!応援してくださった皆さまのお陰です。本当にありがとうございます( ; ᴗ ; )
ニナやアルヴィン達をイラストや漫画として見られる日が、今から本当に楽しみです。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします♪




