全力でこっちが聞きたい
聖魔法の指導を始めてから、二週間が経った。二人は忙しい仕事の合間を縫い、何度も来てくれている。
「ニナさん、今日もよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくね」
ちなみに先日、エリカと呼んでほしい、敬語もやめてほしいと言われてからはその通りにしていた。そして、テオに対しても。
エリカに「ニナでいいよ」と言ったところ、今の自分は生徒だからと断られてしまった。魔法が上手くなった後、友達としてそう呼ばせてほしいと両手を握られながら言われ、可愛すぎて恋に落ちるかと思ったくらいだ。
彼女は本当に明るくてまっすぐな良い子で、やはり幸せになってもらいたい。
「良かったら、一人での練習はこれを参考にして」
「……これ全部、ニナさんが書いてくれたんですか?」
「うん。あまり字は上手くないけど許してね」
そう思った私は、五日間ポーションを飲みまくって徹夜して作った、聖魔法に関する手記を彼女に手渡した。
これは私が今までやってきた練習方法、イメージのコツ、魔物ごとの相性の良い魔法などをまとめたものだ。びっしり絵や文字を書き込んだというのに、かなりの分厚さになってしまった。
「……エリカ?」
「っう、うわあん……!」
エリカはしばらく紙の束を眺めていたけれど、やがてぽろぽろと大粒の涙を流し、ぎゅっと私に抱きついた。
「に、ニナさん、本当にありがとうございます……私、昔から何をやってもダメで、皆すぐに、何を教えてもムダだって、思っちゃうみたいで」
「……うん」
「だからこんなふうに、呆れないで一生懸命に教えてくれるの、う、うれしくて……」
ぐすぐすと泣くエリカの背中をぽんぽんと叩きながら、相槌を打つ。不器用な彼女がとても頑張り屋なことだって、短い付き合いだけれど分かっているつもりだ。
「っわたし、絶対に頑張って、上手くなります……!」
「うん、一緒に頑張ろうね」
だからこそ、彼女の努力が報われますようにと祈らずにはいられない。
そんな私達の様子を見ていたテオは、やがてくるりと背を向け、目元を腕でごしごしと擦った。
テオだって言い方は厳しいものの、エリカをずっと側で見守っていたのだ。思うところがあるのだろう。
「よし、二人が泣き止んだら練習をしよっか。今日は治癒魔法の練習もしよう」
「はいっ!」
「……俺は泣いてなんかない、バカ」
「ふふ、そっか」
その後は森へ移動して練習していたけれど、エリカはコントロールさえできるようになれば、かなりの力を持つ聖女になるのではないかと、私は思い始めていた。
「ニナさん、ありがとうございました! 前よりもずっと、自分の魔力の流れを掴めてきた気がします」
「良かった。感覚を忘れないように、練習を続けてね」
「頑張ります!」
そうして半日近く練習を続けた末、今日はこれで終わりにすることにした。ぐっと両手を握りしめるエリカの姿が可愛くて、思わず笑みが溢れる。
テオは私の肩を叩くとやけに爽やかな笑みを浮かべ、もう片方の手でグッと親指を立てた。
「例のリスト、もう少し待っててくれよな! 絶対にお前を幸せにする男を探してくる!」
「あっ、ありがとう」
私の方は完全に、謎のリストのことを忘れていた。
テオはかなり本気で選んでくれているようで、なんだか申し訳なくなる。やはりリストに載っている男性達には、何らかの仕事を頼もうと思う。
またすぐに来るという二人を見送った後、ここ数日仕事ができていなかった私は魔道具作りに取り掛かった。
◇◇◇
「ニナさん、今日はケーキを焼いてきました! それと、これは今王都で一番人気の紅茶なんです。可愛いお菓子も見つけたので持ってきました! あと、これは今若い女の子達の間で流行っているアクセサリーで、よ、良かったらお揃いでつけたいなって……もちろんお気に召さなかったり、私とお揃いが嫌とかなら捨ててくださって構わないので……!」
「ありがとう! すごく嬉しい。一緒につけたいな」
数日後、再びエリカとテオは我が家へとやって来た。午前中を練習に費やし、たまには一緒にお茶をしたいということで、午後からは三人でテーブルを囲んでいる。
魔法を教えるだけのつもりだったのに、こうして仲良くなってしまった以上、終わった後はハイさようならというわけにはいかないだろう。私だって寂しい。
今後について頭を悩ませながら、エリカの持って来てくれたレモンケーキを切り分けていく。お菓子作りは得意なようで、とても美味しそうだ。
「ずっとこの村で暮らしていくつもりなんですか?」
「うん、今のところ。家も買おうと思ってるんだ」
「そうなんですね! ニナさんが王都に引っ越してきてくれたら、もっと会えるのに……」
エリカの気持ちは嬉しいし、王都で暮らすのも楽しいだろうけれど、私はスローライフがしたい。
自分だけの大きな家で可愛い生き物とともに暮らし、たまに働いて、リフォームをしたりのんびり大好きな読書をしたり、家庭菜園をしたりしたいのだ。
何より、王都にいくのは色々な意味で怖い。私が殺されたのだって、王都のど真ん中だった。
それからも他愛ない話をしていると、不意にテオが「あ、そうだ」とティーカップを置いた。
「隣町でラーラに買い物頼まれてたんだった。売り切れたら殺されるから、ちょっと行ってくる」
「うん、気をつけて」
「おう」
隣町なら、馬ですぐだろう。その間、エリカとお茶をして待っていようと思いながら、テオを見送る。
やがて馬の足音が離れていった後、何気なくエリカへと視線を移すと、彼女は何故かひどく真剣な表情を浮かべて私を見つめていた。
初めて見るその表情に、どきりとしてしまう。
「エリカ?」
「あの、ええと」
しばらく言いづらそうに口籠もっていたけれど、やがてエリカは顔を上げた。
「……どうしてニナさんは、いつも変身魔法を使っているんですか?」
「えっ?」
「元の茶色の目も髪も、お顔もすごく綺麗なのに……ずっと気になっていたんです。でも隠しているのかなと思って、テオさんがいない時に聞きました」
そして、気づく。他人の魔力すら見える彼女の特別な目なら、私の本来の姿だって見えないはずがない。
どうして今まで思い至らなかったのだろう。
「本当は黙っていようと思っていたんです。でも、前聖女様の像がニナさんの本当の姿に似ていて、お名前も同じだし……その、何より聖魔法が使えるなんて、偶然だと思えなくて……」
それだけの条件が揃えば、気付くのは当然だ。むしろエリカと出会った時点で、こうなることは決まっていたのかもしれない。
──本来なら身バレの危険性が生じた時点で、この場所を離れても良かった。それでも私は元の世界での辛い生活を抜け出して、大切な友人達と再会できて嬉しかったんだと思う。きっと、浮かれていた。
あと少しだけ、と欲張ったのがいけなかったのだ。
そんな中、不意にドアが開く音がした。
「……どういうことだよ、ニナ」
振り返った先にはテオの姿があって、私は息を呑む。動揺していたせいで、物音が聞こえていなかったらしい。隣町に向かったはずなのに、どうしてここに。
テオはずかずかと中へ入ってくると、私の両肩をぐっと掴んだ。怒っているようだったその表情は、今にも泣き出しそうなものへと変わっていく。
視界の端では真っ青な顔をしたエリカが「ご、ごめんなさい、このフォークで、お、お腹を切ります」なんて言っている。切腹はしなくていいと思いながら、彼女は日本からの転移者だと確信した。
「お前、あのニナなのか……?」
エメラルドのような瞳にまっすぐ見つめられ、もう隠せないと思った瞬間、この雰囲気には不釣り合いな「あれ?」という呑気な声が室内に響く。
聞き覚えのある声にまさかと思いながらも、私は声のした方へゆっくりと視線を向ける。
「これ、どういう状況かな? 大体の予想はつくけど」
テオが開けっぱなしにしていたドアから顔を覗かせたのは、なんとオーウェンだった。本当にどういう状況?




