とある白魔法使いの頼まれごと
「なるほど、手が込んでるね」
例の大量のポーションの出所を調べていたところ、様々なルートを通っている上に、途中から足取りが一切掴めなくなった。余程、存在を隠したいらしい。
だが、聖魔法が関わっているとなれば当然だろう。聖魔法を使える人間が何人もいるはずはないし、下手をするとこれほどの量のポーションを一人で生成している可能性もある。
そんな魔法使いなど、国が放っておくわけがない。それを分かっているからこそ、自由でありたいという気持ちから身元を隠しているのかもしれない。
「……こんなもの、まるで聖女だ」
本当にそんな人間がいるのなら、エリカの立場がなくなりそうだと思いながら報告書をテーブルに置く。とにかく僕が直接出向いて、それぞれ自白でもさせない限り大元へは辿り着けなさそうだ。
本当に面倒だと溜め息を吐き、執務室を出る。今日は月に一度の全員で食事をとる日なのだ。
すると廊下の先から、テオがやってくるのが見えた。
「お、オーウェンじゃん。一緒に行こうぜ」
「もちろん」
「あ、今日のエリカ、二発も的に当たったんだぜ」
「それはすごい。頑張っているね」
最近のエリカは前よりもずっと、必死に魔法の練習をしているようだった。その上、先日は初めてスライムに攻撃を当てられたらしい。
本来は倒したところで誉められるようなものではないものの、彼女の場合は大進歩だろう。
「そういや、最近ディルクを見ないね。忙しいのかな」
「なんかあいつ、最近変なんだよ。昨日の夜も部屋に行ったら、女物の靴を眺めながら溜め息を吐いてたし」
「女物の靴を……?」
「ああ。しかも片方だけ」
あの女っ気のないディルクが女物の靴を眺めていたなんて、信じられない。そもそも何故、靴なのだろう。
「住んでるって聞いてた場所に届けに行ったら、そんな奴はいないって言われたらしい」
「嘘を吐かれたんだろうね」
「だろうな。お前ちょうど人探ししてるんだし、ついでに探してやれよ。一人も二人も変わんねーだろ」
「バカなことを言わないでくれるかな」
とは言え、ディルク自ら届けに行ったり部屋で靴を眺めたりするなんて、よほど気になる女性なのだろう。
もしも本気なら、応援はしてやりたい。ディルクもまた、彼女に想いを寄せていた一人なのだ。
「どんな女性なのかな」
「さあ? でも、ヒユリア山で会った女じゃないか。あの後からずっと上の空だし」
ヒユリア山での件──大怪我した騎士達が飲んだ初級ポーションが、全て上級ポーションになっていたという話は、騎士団や王城内でかなり話題になっていた。
「あの件も不思議だったね」
「本当にな」
上級ポーションというのは、ワイマーク王国でも限られた光魔法使いしか作ることができない。僕や上位の光魔法使いが時間をかけて作るものだ。
1本1本がかなり高価で、しっかりと管理されている。それが6本も偶然、初級ポーションに紛れ込むなんてことは絶対にありえない。
「その場に偶然居合わせた女が、ポーションを飲ませようって言って全員に飲ませたらしいじゃん? そいつが絶対に怪しいし、ディルクの持ってた靴を落とした女だと思うんだよ。うわ、今日の俺、冴えてるな」
「……確かに、それはありそうだ」
そんな話をしながら専用の食堂に足を踏み入れると、既にそこにはエリカ、ラーラの姿があった。ラーラに関しては姿を見るのも1ヶ月ぶりな気がする。
やがて噂のディルク、そしてアルヴィンもやってきた。それと同時に、メイド達が食事の準備を始める。
僕の隣に座っていたテオは「そうだ」と口を開いた。
「ディルク、まだ例の女見つかってないんだろ? オーウェンが探してくれるってよ」
「本当か」
「…………」
否定する前にディルクから期待の眼差しを向けられ、何も言えなくなる。テオはいい加減にしてほしい。
「あら、ディルクにもようやく春が来たの?」
「ええっ! おめでとうございます!」
「そんなんじゃない。落とした物を届けるだけだ」
「そんなもの、下の人間にやらせればいいじゃない」
嬉しそうにするエリカの隣で、ラーラは赤ワインの入ったグラスをくるりと回しながら、ディルクへと意地の悪い笑みを向けた。
「確かに、どうしてそんなに気にするんだ?」
「……ニナに似ていたんだ」
テオの問いに、ディルクはそう呟いた。どうせそんなことだろうとは思っていたため、驚きはしない。
「それは俺も会ってみたいな、顔が似てんの?」
「いや、顔以外の全てが似ていた。ほっとした時に両手を組む仕草や礼の角度まで同じで、似ていたなんてものじゃない。体型だってニナと同じだ」
「……お前、気持ち悪いわね」
引いたような様子のラーラに同意しながらも、ディルクがそこまで言うのだから相当似ていたのだろう。
元々、彼の洞察力は突出している。住んでいた場所を偽っていたというのも、気がかりだった。
「それ、本当にニナだったらいいのにな」
「バカね、ニナだったらとっくに私に会いに来てるわ」
「何か事情があるかもしれないだろ」
「私、ニナ様に会ってみたいです!」
──もしも本当に、ニナがいたとしたら。
初級ポーションが上級ポーションになっていたという話や、聖魔法を使ったポーションが大量に出回っていることにも納得がいく。彼女なら簡単だろう。
まさかとは思いつつも、妙な胸騒ぎは収まらない。
「アルヴィンだって、ニナだったらいいと思うだろ?」
「ああ、そうだね」
ずっと黙っていたアルヴィンは、表情を変えず頷く。ニナの悪い噂が流れていると知った途端、あんな像を国中に置く許可を出したくらいなのだから当然だろう。
発案者はエリカで正直どうかと思ったが、あっという間に誤解は解けたようで、効果は覿面だったらしい。
「ってことで絶対に探してくれよな。ニナに似てるやつならきっといい奴だから、友達になれるかもだし」
テオはニナに関することとなると、警戒心が赤ん坊以下になるのは注意すべきだろう。彼女に故郷を救われて以来、絶対的な信頼を置いているのだ。
「…………善処するよ」
三日後、本当にニナが見つかるなんて想像もしていなかった僕は、溜め息混じりの返事をしておいた。




