分からないことが多すぎる
「そ、それでどうなったんですか?」
「なんと、そのポーションの魔力が全部銀色だったんです! 私達みたいに聖魔法を使える人が大量に作っているみたいで、アルヴィン様は絶対に見つけ出して連れてこいって、オーウェンさんに言ってました!」
「…………」
起こりうる中で、最も良くない事態になってしまっている。流石に、エリカさんの目は想定していなかった。
ポーションの見た目を偽り普通の鑑定を潜り抜けたところで、彼女の目を通してしまえば全てが無に帰す。
正直、オーウェン相手に逃げ切れる気がしない。
どうしよう、大丈夫だろうかと思いながらブルーノに視線を向けたところ、お手上げのポーズをされた。気持ちは分かる。せめて彼は巻き込まないようにしたい。
「でも、見つけた後はどうするんでしょうね?」
「さあ? べつに悪いことはしてねえし、国のために働けとかそんなんじゃね?」
エリカさんの問いに対しテオはそう言ったけれど、思い返せば私には大罪人疑惑があるのだ。ちょうど良い機会だと思い、その件について尋ねてみることにした。
「あの、つかぬことをお伺いしますが、前聖女って何か悪いことをしたんですか?」
するとテオは「は?」と不機嫌さを露わにした。
「ニナがそんなことをするわけないだろ。誰がそんなことを言ったんだ?」
「民の間で、前聖女の名前を口にすると投獄されるという噂が流れているようなんです。アルヴィン様がそう仰ったようで……だから、罪を犯したのではないかと」
「アルヴィンが? まさか」
絶対にあり得るはずがないと言いきったテオは、不思議そうに首を傾げている。
視界の端で、ブルーノが「ニナ」という言葉に反応したのが見えた。勘の良い彼なら、そろそろ気づきそうな気もする。むしろ気付かないこの二人が不思議なのだ。
「なんでそんな話に……あ、思い出したわ」
「えっ?」
「ディルクが何かにつけてニナの話ばっかしてうじうじするから、アルヴィンがいい加減にしろってキレたんだよ。そうしたらなんか殴り合いになってさ」
「な、殴り合い……!?」
ディルクがそんなにも寂しがってくれたことに胸を打たれつつ、なぜ私の話をすることで、アルヴィン様とディルクが殴り合うことになるのか分からない。
惨殺された私も被害者とは言え、申し訳ない気持ちになる。何より友人同士の喧嘩は悲しい。今はもう仲直りしたようで、ほっとする。
「で、確か次にニナの名前を口にしたら投獄するって言ったんだよな。そん時、結構大騒ぎになって野次馬もいたし、それで噂になったんじゃね?」
「な、なるほど……あ、でも前聖女を見つけたら一生外に出さないっていうのは」
「それはそうだろ。ニナがまたいなくなったら困るし」
どういう意味だと困惑する私に、テオは続ける。
「俺達だってニナのことは好きだけど、アルヴィンはなんかもう、そういうのじゃないんだよな」
「えっ?」
「アルヴィンは、ニナがいなきゃだめなんだ」
はっきりとそう言われ、戸惑いを隠せない私の口からは間の抜けた声が漏れた。そんなこと、初めて聞いた。
確かに最後は一緒にいる時間も多かったし、最初誰よりも冷たかった彼も、心を開いてくれたと思っていたけれど、流石に大袈裟ではないだろうか。
それでも、テオが冗談を言っているようには見えない。心配しているような、どこか悲しげな様子だった。
「ま、とにかくアルヴィンにこの話は伝えとくか。ニナが悪く言われてんの、俺だって嫌だし。オーウェンあたりに任せればそんな噂もすぐに消えるだろ」
「私も悪い噂がなくなるよう、いっぱいニナ様が素敵な方だって言いふらしますね! 皆さんから、たくさんニナ様のお話は聞いていますから!」
「ああ。ニナはいい奴だからな」
よく分からないものの、とにかく投獄の件は勘違いだったらしく、心底ほっとする。
二人の言葉にも、胸が温かくなった。私は見つかったとしても、みんなとこれまでの関係でいられるようだ。
けれど、見つからないに越したことはない。今のエリカさんは、シナリオ通りに進んだとしても危険すぎる。
少しでも早く聖魔法を習得してもらわなければ、私の今後のスローライフにも関わってくるだろう。
「へえ、前聖女はニナって言うんだな」
「知らなかったのか?」
「ああ。俺は一年半前にこの国に来たからさ」
テオにそう尋ねたブルーノは意味深な笑みを浮かべ、私を見つめた。これは普通に勘づいている顔だ。
とにかく、ポーションを作るのはしばらく休むことにする。ほとぼりが冷めるまでは魔道具作りに専念し、もしもオーウェンにバレなかった場合、少しずつ再開しようと思う。大切な収入源だ。
もちろん、今後銀色の魔力を見ても気付かないふりをしてくれと、エリカさんに懇願した上でだ。オーウェンにバレた場合は正直に事情を説明し、黙っていてもらおうと思う。彼は話せばわかってくれる気がする。
「じゃ、そろそろ俺は帰るわ。邪魔したな」
「うん。気をつけて」
「また明日、ゆっくりお喋りしような」
ブルーノはお茶を飲み干し、そんなことを言うと片手をひらひらと振り帰っていった。
「あいつ、仲良いのか?」
「うん。友達なんだ」
先ほどの話を聞いてしまった以上、商人とポーションを売っている者ですとは口が裂けても言えない。
むしろテオとエリカさんが、ポーションの作成者が私だと思い当たらないのが不思議で仕方ない。今日二人が来るとは思っておらず、普通に見える範囲に大きな鍋や薬草が出ているというのに。
ちなみに二人には、私の存在、そして魔法を私が教えることは絶対に内緒にしてくれと頼んである。
「人に見られないよう、森で練習しましょうか」
「はい! よろしくお願いします!」
その後、エリカさんに魔法を教えに行った私は、想像以上に長く険しい道のりになることを察した。
思っていた1万倍はやばい。週1ペースの練習では、五ヶ月後の邪竜の討伐に間に合う気がしなかった。
──そして二人が王都に戻った一週間後、各主要都市に前聖女を称える「第十四代聖女像」が突如出現し、私は更に頭を抱えることになる。




