シンデレラにはなれない 2
その後はキャンプ内も落ち着き、改めてディルクが送ってくれることになった。
「待たせてしまい、すまなかった。彼らが治ったのも、君がポーションを飲ませてくれたお陰だ。ありがとう」
「いえ、私は何も。皆さんが無事で良かったです」
「……ああ、本当にな」
ひどく安堵したディルクの様子に、胸が温かくなる。仲間思いの彼は、誰よりも心を痛めていたことだろう。
靴の中をじゃぶじゃぶさせながら銀狼の元へと歩いて行くと、その可愛さにやっぱり笑みが溢れた。
人によく慣れているようで、そっと撫でると気持ちよさそうに目を細めており、ときめいてしまう。
「かわいいね、よしよし」
「動物が好きなんだな」
「はい。すごく好きです」
ディルクはもふもふする私を待ってくれて、しっかり堪能させてもらった後、二人で背に跨った。先ほども思ったけれど、二人乗りをするとかなり距離が近くなる。
とは言え、元々ディルクとはよく一緒に馬に乗っていたのだ。今更照れるなんてこともなく、山を駆け降りていく。ジェットコースターのようで、とても楽しい。
「銀狼には先ほど初めて乗ったと聞いたが、怖くないのか? 女性だと気を失う者もいると聞く」
「そうなんですか? 怖いどころか楽しいです」
酔っ払ったラーラが召喚した毒竜に噛まれたまま、海の中を猛スピードで振り回された経験がある私からすれば、もう何も怖くない。本気で死ぬかと思った。
あの時はアルヴィン様が本気で怒っていて、ラーラは断酒を誓う誓約魔法までかけられていた記憶がある。でもあれは、私でなければ確実に死んでいただろう。
それにしても、ディルクは元々口数は多い方ではなかったはず。初対面の女性に対してこんなに話をするというのも、珍しい気がする。とは言え、2年もあれば彼も変わったのかもしれない。
これから先も、友人達について私が知らないことは増えていくのだろう。そう思うと、やっぱり寂しくなる。
「…………あ」
しんみりとしながらも今後のみんなの幸せを祈っていたところ、麓の手前で不意にずるりと革靴が脱げた。
きつく紐を結んだとは言え、早さと重さに耐え切れなくなったのだろう。一瞬にして、楽しい気持ちもセンチメンタルな気持ちも吹き飛ぶ。
私は光の速さで草魔法を使いツタで靴を掴み取ると、近くにあった草むらに投げ入れた。後に誰かに拾われては困るし、後ほど回収しなければ。
「靴が脱げたのか、すぐに戻ろう」
「い、いえ、大丈夫です! 靴の替えはあるので」
「……やけに足が濡れていないか?」
「あっ、ちょっとポーションを零しちゃったみたいで」
どう見てもちょっとではないけれど、気にしないでほしい。幸いショートブーツも鞄にしまってあるため、裸足で家に帰ることもない。
拾いに戻ろうとするディルクを「元々ボロボロでゴミみたいなものだったので、本当大丈夫です!」と必死に説得する。一度降りて足を拭いて靴を履き替えてみせたところ、彼もほっとしてくれたようだ。
やがて無事に町の手前まで着き、私は頭を下げた。
「ここまで送っていただき、ありがとうございました」
「本当にここでいいのか?」
「はい。ディルク様もお気をつけて」
「……ああ。ありがとう」
きっともう会うことはないけれど、ディルクもどうか怪我をせず、元気に過ごして欲しい。
そうしてお礼を言って別れようとしたところ、なぜかぎゅっと腕を掴まれた。驚いて顔を上げれば、何故か戸惑ったような表情を浮かべるディルクと視線が絡む。
「あの、どうかされましたか?」
「……君は、記憶を失ったことはあるか」
「き、記憶? 多分、ないですけれども……」
「そうか。引き止めてしまってすまなかった」
不思議な質問をされ、思い切り戸惑ってしまった。
一体どういう意味だろうと思いながらもディルクと別れ、麓の町中に向かうふりをする。
町中を通り抜けて隣の山に戻った後は、深夜まで猪を狩り尽くした。倒すよりも魔核を見つけるのに苦労したため、やはり鼻もきく可愛い魔獣を飼いたい。
「……ど、どのへんだったっけ」
そしてその後、ポーションまみれの靴はいくら探しても見つからず、私はなんとも言えない不安を抱きながら帰路に着いたのだった。
◇◇◇
それから一週間後、ブルーノが我が家を訪れた。
私は待ってましたと言わんばかりに、魔核の詰まった布袋をテーブルに置く。すると彼は袋の中を覗き込んだ後、「は」という間の抜けた声を漏らした。
「……これ全部、お前が倒したのか?」
「うん、そうだよ」
「いやいやいやいや、マジか」
ブルーノは片手で目元を覆い、肩を竦める。
「悪い、俺が肩代わりして先に金を渡そうと思ってきたんだが、見事に半分しかないんだ。明日また持ってくるよ。これでも余裕持ってきたつもりだったんだが、俺のお前に対する理解が足りてなかったわ」
「お手数をおかけします……」
「いや、俺こそこんな儲けさせてもらって悪いな」
ひとまず半分というお金を受け取ったところ、かなりの金額で胸が弾む。この倍も入るとなれば、家の頭金くらいになるかもしれない。
また良い仕事があれば紹介すると言ってくれたブルーノにお茶を出し、のんびりと話をしていた時だった。
不意に来客を知らせるベルが鳴り響き、ブルーノに断ってドアへと向かう。ベティおばさんがお菓子を作ってきてくれたのかも、なんて思いながらドアを開けた先には、エリカさんとテオの姿があった。
「ニナさん、こんにちは!」
「よお、ニナ」
まさか2人だとは思わず、驚いてしまう。
「……聖女?」
「あっ、ニナさんのお友達ですか? こんにちは!」
椅子に座ったまま振り返ったブルーノも、エリカさんの顔を知っていたようで驚いていた。いきなり聖女がこんな田舎の家を訪ねてきたら、当然だろう。
とりあえず外で待たせるわけにもいかず、二人を中へと通す。ブルーノ相手なら、今更秘密が増えたところで変わらない気がした。
そんなブルーノもテオとエリカさんに興味津々のようで、勝手に空いている椅子を勧めている。
とりあえず二人のお茶も用意し、私は席についた。
「悪いな、予定より遅くなって」
「いえ、大丈夫ですよ」
二人は一週間後に来ると言っていたため、遅いなとは思っていたのだ。もしかすると来るのをやめたのかな、なんて考えていたのだけれど。
「私が急遽、お仕事をたくさん頼まれてしまって……」
「お仕事、ですか?」
魔法を使えないはずのエリカさんの仕事内容が少しだけ気になってしまい、尋ねてみる。
すると彼女は、へへ、と困ったように微笑んだ。
「実は市中にポーションが増えちゃったみたいなんですけど、アルヴィン様の命令ですべて鑑定させられていたんです。もう、何百個見たかも分からなくて……」
「げほっ、ごほっ」
「…………マジ?」
お願いだから待ってほしい。それは本当にまずい。
私は口に含んだばかりのお茶を吹き出し、ブルーノは勘弁してほしいといった表情を浮かべていた。




