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シンデレラにはなれない 1



「キャサリンさん、こちらが我が王国騎士団のディルク・ブライス団長です」


 そう紹介されたものの、もちろんよく知っている。当時の私の教育係であり、一番一緒に過ごした時間が長かったのもディルクだった。


 林檎のような赤髪に優しげな蜂蜜色の瞳をした彼は私の6つ上だから、今は25歳になっているはず。


 相変わらず見上げないと目が合わないくらい背が高く、最後に見た時よりもずっと大人っぽくなっていた。エリカさんがすごくモテると言っていたのも頷ける。


 それにしても、こんな所で偶然再会するなんてと驚いてしまう。つい名前を呼びそうになるのを堪え、私は小さく頭を下げた。


「ご迷惑をおかけしてすみません、送っていただきありがとうございました。ここで失礼します」

「……今から一人で山を降りる気なのか?」

「この先は一本道ですし、一応魔法も使えるので」


 ここへ連れてきてくれた騎士は、今夜はキャンプ地に泊まるべきだ、明日の朝送ると言って譲らなかった。


 けれど私には、眠っている間は変身魔法が解けてしまうという大問題があるのだ。


 ディルクだけでなく、この場には(ニナ)を知る騎士が大勢いるようだし、絶対にここから離れなければ。


「駄目だ。何かあっては困るだろう」

「どうしても、今日帰らないといけないんです……! 家は本当に山を降りてすぐのところなので」


 それはもう大変な事情があるという顔をしてディルクを見つめれば、彼は「分かった」と頷いてくれた。押しに弱く、優しいところも変わっていないらしい。


 けれどほっとしたのも束の間、ディルクは続けた。


「俺が送ろう」

「えっ? いえ、それは申し訳ないので」

「銀狼に乗れば麓まではすぐだ。三十分後にまた」

「あ、ありがとうございます」

「ああ」


 心配性なところも相変わらずなのだろう。ボロを出さないようにして、大人しく送ってもらうことにする。


 ディルクは小さく笑みを浮かべ、去って行く。手間をかけてしまって申し訳ないけれど、彼が元気そうで、何より顔を見れて良かったと嬉しくなった。



 ◇◇◇



 その後、温かい飲み物をいただいてのんびりと待っていたところ、急に辺りが騒がしくなる。


 何かあったのかと近くにいた人に聞いてみると、魔物の討伐に向かっていた別の隊が戻ってきたのだという。


「…………っ」


 様子を覗いてみると、かなりの重傷を負った数人の騎士の姿がそこにあった。その惨状に私は言葉を失ってしまう。討伐後、魔物の大群に遭遇してしまったらしい。


 皆慌ただしく走り回っており、私も何かしたいと声を掛ければ、手当を手伝って欲しいとのことだった。


 同行していた治癒魔法使いはすでに魔力切れらしく、現在残っているのは初級ポーションのみで、状況としては詰んでいる。この世界には、魔力を回復するMPポーションなどは存在しないのだ。


「なんとか今夜、耐えてくれればいいんだが……」


 急いで山を降りたところで、こんな田舎に治癒魔法使いなどいなければ上級ポーションもないはず。


 もちろん見過ごせるはずもなく、うまく全員を手当てする方法がないかと考えていた私は、やがて近くにいた治癒魔法使いに声をかけた。


「すみません、ポーションはどこですか?」

「あちらの箱の中ですが、初級ポーションでは何も」

「はい。でも飲まないよりはきっと良いはずですから」

「……確かに、そうかもしれませんね」


 彼女の言う通りだ。初級ポーションでは深い傷は治らないし、痛みだって気持ち程度しか引かないだろう。


 治癒魔法使いが指差した先にあった箱を開ければ、残り6本ほど。ギリギリ全員分あることを確認した私は、それらを手に怪我人のもとへと走った。


 まずは一番怪我の酷い男性の口元に、ポーションの入った小瓶を運ぶ。確かこの人は、私が聖女だった頃に護衛をしてくれたことがある。


 その傷の深さに胸を痛めながら、声をかけた。


「ほんの少しでいいので、どうか飲んでください」

「っう……」


 こくりと喉が小さく動いた後、そっと身体を支えていた背中側の手に集中する。


「──回復(ヒール)


 周りには聞こえない声でそう呟けば、目を逸らしたくなるような傷も全て、一瞬にして治っていく。


 そう、名付けて『初級ポーションかと思ったら、奇跡的に上級ポーションだった』作戦である。


 普通に考えてそんなバカな話は有り得ないものの、誤魔化すにはこれしかない。


 苦しげな様子だった男性の症状が穏やかなものへと変わったのを確認した私は、すぐに別の初級ポーションを手に取り、他の患者のもとへ急いだ。


 そして最後の一人が無事に完治したのを確認したのと同時に、近くにいた治癒魔法使いから驚いたような声が上がる。怪我が治っていることに気が付いたのだろう。


 なんとかギリギリバレなかったと、胸を撫で下ろす。


「あれほど酷かった怪我が、どうして……!」


 私も素知らぬ顔で確認するふりをした後、「えっ?」と驚いたような声を上げる。


 置いてあったポーションを飲ませただけだと説明すれば、彼女は信じられないといった表情を浮かべた。至極当然の反応だろう。


「でも、初級ポーションであれほどの大怪我を治せるはずなんてないわ」

「はっ……! もしかして、あそこにあったのは初級じゃなくて上級ポーションだったんじゃないですか?」

「まさか、そんなこと……」 


 ちなみに残ったポーションを後に鑑定されてはバレるため、患者が飲み干せなかったポーションは全て、私の膝丈の革靴の中にそっと流し込んである。


 靴の中は完全に地獄だ。少し歩くだけでどちゃり、べちゃりと沼の中にいるような感触がする。


 そうしている間に、騒ぎを聞きつけたディルク達が治療用の天幕の中へやってきた。全員が完治した姿を見た彼は、ふたつの金色の瞳を大きく見開く。


「これは一体どういうことだ?」

「置いてあった初級ポーションを飲ませたら、全ての傷が治ったそうなんです」

「初級ポーションで治るはずがないだろう」


 治癒魔法使いの説明を聞いたディルクも、信じられないといった表情を浮かべている。


 値段の差や希少度を考えても、有り得ない。けれどこの状況では、それ以外には説明がつかないはず。


「……本当に、良かった」


 とにかく、全員の怪我が無事に治せてよかった。犠牲になったのは私の靴だけだ。


 私が迷子扱いされてここに辿り着いたのも、このためだったのかもしれないとさえ思う。


 後は麓まで送ってもらった後、残っている猪を再び狩るのみ。今後は稼いだお金で魔石を購入し、魔道具作りを始めるつもりの私は胸を弾ませた。


「…………」


 魔石をいくつ買えるだろうかと浮かれる私を、ディルクがじっと見つめていたことには気づかないまま。



いつもありがとうございます! 更新時間からお察しの通り、早速ストックが切れております。頑張ります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] みんな助かってよかった!迷子として連れてこられたのは運命だったのかもしれませんね! ニナ、機転がききますね〜。けっこう強引な作戦でしたが、なんとか誤魔化せたみたいでよかった…。 ディルク…
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