迷子じゃありません
またひとつ、足元できらりと光る赤い石を見つける。
「あ、あった! これで46個め、っと」
それを拾い上げ肩からポシェットのように掛けている布袋に入れると、次の獲物を探すべく歩みを進めた。
──エリカさんに魔法を教えると約束した4日後、私は山へ猪狩りにやってきていた。
もちろん趣味ではなく、仕事である。2日前、ブルーノにポーションを煮込み続けるのに少し飽きたと話したところ、他に何ができるのかと尋ねられたのだ。
『えっ……お前、魔物退治までできんの?』
『うん、内緒ね』
『なんか本当、すごいな。何なの』
まだ付き合いは短いけれど、きっとブルーノなら内緒にしてくれる。不思議とそんな確信があった。
そう思いつつ本来の実力より抑えて話をしたところ、彼は若干引いたような様子を見せていた。
『なるほど、周りにはバレずにできる仕事ねえ』
『うん。魔法を使ってる姿は見られたくないし、私が魔物を倒したってこともバレたくないんだ』
『ああ、それならちょうどいいのがあるぞ』
そうして紹介されたのが、この炎猪狩りだ。今私がいるこの山では炎猪が増えすぎており、麓の村まで荒らしているのだという。
山奥でひたすら猪を倒し、その後は魔物のエネルギー源である魔核を拾い集めれば、その分の報酬が貰える。その交換は全てブルーノが上手くやってくれるようで、私は身バレの心配もない。
今回の大量発生に関しては国からお金も出ているようで、報酬もかなり良く、私は二つ返事で引き受けた。
『本当に大丈夫か? 炎猪はDランクだぞ。それも山の中に入れば大量にいるんだ』
『全然大丈夫だから、大船に乗ったつもりで待ってて』
ブルーノにそう宣言してきた私は、朝からせっせと猪を狩り続けていた。稼ぎの1割を彼に支払うと言った以上、お礼も兼ねてたくさん狩らなければ。
普通の魔法で攻撃して魔物を倒した場合、魔核を取り出すのは結構大変だ。ナイフや剣でざくざくと解体して取り出すため、面倒な上にグロテスクなことになる。
ただ私の場合、浄化魔法で魔核以外はじゅわっと溶かせるお蔭で、倒した後に拾い集めるだけでいい。とてもお手軽で、聖魔法様々だ。
今回の仕事はポーションの大量生成より効率が良いけれど、本来魔物を討伐して報酬を得るには冒険者登録が必要となる。身分や魔法に関する能力もしっかり登録して管理されるため、色々と隠している私にはできない。
毎回商人であるブルーノを頼るわけにもいかないし、今回は息抜きだと割り切って、今後もせっせとポーションや魔道具を作っていこうと思う。
「……ふう。これで大体倒したかな」
布袋の重みを感じる度に、うきうきしてしまう。
がむしゃらに魔物を倒していたあの頃と違い、いつから私はこんなにも現金な女になってしまったのだろう。けれど、生きていくためにお金は必要なのだ。
そんなことを考えているとガサガサと背後から音がして、振り返ったところ、三匹の炎猪がいた。まだまだ魔力に余裕のある私は、一気に出てきてくれてラッキーだと、範囲攻撃をするため両手を翳した時だった。
「危ない! 下がってください!」
「…………えっ?」
突然そんな声が聞こえてきて、視線を向けた先には数人の騎士の姿があった。戸惑いながらも、慌てて翳していた手を背中に隠す。
騎士達は走ってこちらへやってくると、私を庇うようにして魔物の前に立った。今日この山は私の貸切だと聞いていたのに、一体どうして。
「お怪我はありませんか? もう大丈夫ですからね」
「あっ、はい。ありがとうございます」
どうやら私が山奥に迷い込み、炎猪の群れに襲われているただの村娘だと思っているらしい。その後は彼らが炎猪を倒してしまい、私の獲物が奪われてしまった。
やがて騎士の一人が私の元へとやってきた。私よりも歳は五つくらい上だろうか。
「お嬢さん、どうしてこんな場所に?」
「……ええと、その」
ここで猪狩りをしていたと言えば、お前は何者なんだという話になるに違いない。
なんと答えるのが正解なのだろうと悩み口ごもっていたところ、騎士は何かを察したように微笑んだ。
「大丈夫です、迷子は恥ずかしくありませんよ」
「…………」
迷子ではない。けれどこんな山奥に若い女性が一人でいた理由など他に見つからず、私は涙を呑んで頷いた。
「もう日が暮れますし、ここは大変危険です。この近くに我々の拠点がありますから、まずはそちらへ」
「いえ、自分で帰れるので」
「この山には大量の炎猪がいるんですよ」
それならもうほとんど倒してきた、と言いたいのをぐっと堪える。すると騎士は肯定と捉えたのか、そのまま私を連れて歩き出してしまう。
とにかく私を心配してくれているのだ、心配をかけないためにも、ひとまず拠点だという安全な場所までは連れて行ってもらうことにする。
滅多にできない仕事なのだ、その後は再びここへ戻ってきて、深夜も残りの猪を狩り尽くすことを決めた。
「お嬢さん、お名前は?」
「キャサリンです」
そもそもここでは隠れて仕事をしていたのだ、一応適当に思いついた名前を名乗っておく。
騎士に「キャサリンさんは……」と名前を呼ばれるたび落ち着かなくなるものの、今限りのことだと耐える。
「こちらの銀狼に乗って移動します」
「か、かわいい……! よしよし」
その後、初めて銀狼に乗った私はご機嫌になった。
騎士団では時と場合に合わせて、馬と銀狼を乗り分けているのだという。銀狼は大きくてふわふわで美しい上に、賢いらしい。
ぜひいつか飼いたいと、私の夢がスローライフからもふもふスローライフへと進化した。
◇◇◇
その後、やがてたどり着いたのは山の中間地点にあるかなり本格的なキャンプ地だった。
どうやら近くの山ではAランクの魔物の討伐もしていたようで、合同キャンプ的な感じらしい。こんなにも大勢の騎士を見たのは、王都にいた時に騎士団本部へ遊びに行った以来だ。
そしてふと、見たことがある顔がちらほらあることに気が付く。なんだか急に嫌な予感がしてきて、変身魔法をかけているにも関わらず私は俯いた。
「団長、山奥で迷子の女性を発見しました」
早く帰らせて欲しいと心の中で祈りながら、上司に報告に行くという騎士についていく。せめて迷子ではなく遭難だと言ってほしい。
「こんな場所で迷子だと?」
けれど、そんなことはすぐにどうでも良くなる。不意に聞こえてきたのは、よく知った声だったからだ。
「…………っ」
跳ねるように顔を上げた私は、思わず息を呑む。
そこにいたのはなんと、ディルクだった。




