とある白魔法使いのひとりごと
「やあ、アルヴィン。お邪魔するよ」
「……オーウェンか」
第一王子であるアルヴィンの執務室を訪れると、今日も高く積まれた書類仕事をこなしているようだった。
何かから逃げるように仕事に没頭している姿を見ると、早死にしそうだといつも思う。とは言え、僕や他の人間が何を言ったところで、聞き入れやしないのだ。
アルヴィンにはもう、彼女の言葉しか届かない。
「──って感じ。報告は以上だよ」
「そうか。何か他に変わったことは?」
「うーん、最近は市場で初級ポーションが大量に出回ってることくらいかな」
「品質に問題はあるのか」
書類にペンを走らせたまま、アルヴィンは尋ねた。
ちょうど先ほど手に入ったばかりの、ポーションが入った小瓶をアルヴィンの机にことりと置く。
「問題はないどころか、良質なくらい。鑑定してみたけど本当に普通のポーションで、どこかに光魔法使いを集めて大量に作らせてるのかもしれない」
「…………」
「ポーション作りで小遣い稼ぎをしてる、うちの若いのも困ってるよ。値段が落ちていく一方だって」
迷惑な業者もいるものだと溜め息を吐いていると、不意にノック音が響いた。アルヴィンが声を掛けると、中へ入ってきたのはテオとエリカだった。
どうやら第二都市近くの町や村を巡る旅から、帰ってきたばかりらしい。魔物の1匹も倒せず気落ちして帰ってくると思っていたのに、どこか嬉しそうにも見える。
「ただいま戻りました! あ、オーウェンさんもいらっしゃったんですね、こんにちは」
「こんにちは。二人ともおかえり」
「おう。んで明日からまた、地方回ってくるわ。魔物のいる森でも回って、こいつを鍛えてくる」
「……そうか」
やけに張り切っている二人の様子に、アルヴィンも少し違和感を感じたらしいものの、何も言うことはない。
そうして出て行くテオの後をついていくエリカを、アルヴィンは突然呼び止めた。
「エリカ、これをどう思う?」
手に取り見せたのは、先ほどの最近出回り始めたポーションが入った小瓶だ。魔力が見えるエリカの目は特別で、鑑定能力のある僕のものとはまた違う。
この国に彼女と同じ目を持つ者はいないくらい、貴重なものだった。魔法も頑張って欲しいところだが。
「ポーション、ですか?」
「ああ」
彼女はじっと小瓶を見つめた末、表情を明るくした。
「わあ、すっごく綺麗な銀色ですね……!」
「……銀色?」
その瞬間、アルヴィンの切長の目が見開かれる。
「はい! あっ、ごめんなさい今行きますー! それではアルヴィン様、オーウェンさん、失礼しますね」
早くしろ、というテオの声が聞こえてきて、エリカは慌てて頭を下げるとパタパタと執務室を出て行く。
やがて僕とアルヴィンの間には、静かすぎる沈黙が流れた。銀色の魔力というのは、聖魔法を意味する。
「オーウェン」
「はいはい、分かりましたよ。調べろ、でしょう?」
「ああ。いくら金をかけてもいい。エリカに他のポーションもチェックさせろ。後、これは俺が預かっておく」
そう言うと、アルヴィンはポーションの入った小瓶をそっと机の引き出しにしまった。先ほどまでとは、扱う手つきだって全く違う。
本当に分かりやすい王子様だと、笑みが溢れる。
──けれどきっと、彼が期待している結果にはならないだろう。彼女はもう、この世界にいないのだから。
「……本当、切ないねえ」
執務室を後にした僕はそう呟き、今もう懐かしさすら感じる彼女の愛らしい笑顔に思いを馳せた。




