プロローグ
「おかえり、ニナ。ずっと待っていたよ」
「ええと、た、ただいま……?」
今の私は完全に別人の姿になっているのに、どうして遠くから一目見ただけで私だと分かったのだろう。
そんな私の気持ちを見透かしたように、2年ぶりに再会したアルヴィン様はにっこりと微笑んだ。
「俺が君を分からないはずがないだろう?」
そう告げられるのと同時に、強制的に変身魔法を解かれてしまう。アルヴィン様はこの国の第一王子であり、国一番の魔法使いでもあるのだ。
なるほど、彼くらいの魔法使いならば私の覚えたての変身魔法なんて、簡単に見抜いてしまうのだろう。
彼の美しいスミレ色の瞳に映る私は、本来の姿に戻っている。やがてアルヴィン様は満足げに、形の良い唇で美しい弧を描いた。
「もっと良く顔を見せて」
「あ、あの、アルヴィン様、なんだかすごく近い気が」
「……本当に会いたかった。君が突然いなくなってから今日まで、俺がどんな気持ちでいたと思う?」
私の制止もむなしく縋るように抱きしめられ、驚くほどに良い香りが鼻を掠めた。アルヴィン様が私の肩に顔を埋めるような体勢になり、柔らかな金髪が首筋にあたってくすぐったい。
どうやらアルヴィン様は私が思っていた以上に、私のことを大切な仲間だと思ってくれていたらしい。
もちろん嬉しいものの、先ほどからあまりにも距離が近すぎる。彼の非現実的な美しさに、眩暈すらした。
「ねえ、どうして俺を裏切って元の世界に帰ったの?」
「うらぎ……!? ご、誤解です!」
もちろん裏切ったつもりなど一切ない。困惑する私に向かって、アルヴィン様はくすりと笑う。
「それなら良かった。もう二度と逃がさないから」
「…………えっ?」
「俺の世界には、ニナが必要なんだ」
そうして再びきつく抱きしめられるのと同時に、儚くも短い私のスローライフは完全に幕を閉じた。