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3-4

「さぁ、食べてください。お腹、空いたでしょう?」

「ん、じゃあ……いただきます」


 お行儀よく、エルは手を合わせてから木の実を手にした。皮ごと食べられるようで、そのまま口に運んだ。あむりと噛むと、汁が溢れる。かじった部分を見てみると、桃のような白い実が姿を見せた。見るからに美味しそうな果実に、どんな味がするのか興味心を惹かれた。その視線に気づかれたらしく、エルがいたずらっぽく笑う。


「ひとつ、食べるか?」

「いただけると嬉しいです」


 素直に認め、私はエルから果実をひとつ受け取った。思っていた以上にやわらかい。力を入れるとぐちゃりと潰れてしまいそうだ。優しく両手で包み込み持って、ひと口かじる。ほとんど抵抗を受けることなく、果実を噛み切ると、むしゃむしゃと軽く咀嚼する。口の中全体に甘い香りが広がった。見た目もそうだが、味も白桃によく似ていた。桃は好きだ。


「美味い?」

「えぇ、とても美味しいです」


 エルは嬉しそうに笑った。その表情は優しく、どこか照れた感じにも見受けられる。見ていて悪いものではない。私は素直に喜び目を細めた。


「これ、時期がもう終わったからなぁ。また、1年後くらいに時期が来るから。そのときはたくさん採ってこよう」

「そうしましょう。木の実って、本当に美味しいものが多いですね」

「酸っぱいものもあるけどな。渋いとか」

「日本には、渋柿というものがありましたよ」

「しぶがき?」


 想像したのかもしれない。エルは口をすぼめていかにも『すっぱい』という顔をしてくれた。表現力豊かな顔立ちだと思う。コロコロ変わる顔をみていると、エルに対しての愛着もわいてくる。兄弟の居なかった弥一にとって、エルの存在は初めから尊く新鮮なものだった。小さな子や小動物はもともと好きだった。それもあって、私は教師を目指して教育学部に進学したのだ。全学部共通科目のひとつだった『宗教論』と出会わなければ、今頃は中学あるいは小学校で教壇に立っていたかもしれない。教員採用試験すら受けていない私だ。結果を残せていない可能性もあるが、私の故郷では教採で落ちてもその後講師として学校に勤務し続ければ、3年ほどで教採で受かるという噂話もあった。現場に慣れることで、採用されやすくなるという話だったのかもしれない。中学ならば、専門性を高めることにも繋がる。

 子どもは可愛い。多くの可能性を持った子どもたちには、無数の未来が広がっている。その夢を育む手伝いが出来ればいいと、私は高校時代の恩師の姿を見て感じていた。高校1年のときの数学教師が、私の人生を変えたとも言える。懐かしい恩師の姿を、私は思い浮かべていた。恰幅の良い40代ほどの男性教諭。今頃も、現役で活躍されているだろうか。


「魔王?」

「人生って、不思議なものですよね」

「ん? なんの話?」

「どこに転機が仕掛けられているのかも分からなくて。分かっていたとしてもきっと、そのときの気分や都合で選択肢は変わるんです」

「うん?」

「だから、人生は一度きりの勝負。そのときの選択こそが、全てなんです」


 エルは何かを言いたそうにもしていたけれども、私は構わず自分で締めくくった。エルに説くというよりは、自分の中で確認したかっただけなのかもしれない。自分の中で完結させ、納得し満足する。それもまた、選択のひとつとも言える。人生の中で、選択から逃れる術はない。大小織り交ぜ幾つもの選択を決めながら、前に進むことが生きるということ。選択肢を広げられるように努めることが、生きるということ。私は前を向き、『魔王』としての生き様をこの世界に刻もうと決意を新たにする。


「レンレンの実、でしたか?」

「あぁ、これ? そうだぞ」

「焼いてみても美味しいかもしれませんね」

「え!? 焼く!?」


 素っ頓狂な声は、どこから出たものなのだろうか。私はエルの意外な反応にやや驚きつつ目を開き、一拍間をあける。この世界には、焼きリンゴなど、フルーツを焼く習慣はないのだろうか。


「果物を焼くのも美味しいんですよ。バーナーがあれば、よりいいんですけどね。焼き色つけるだけでも、見た目が変わって食欲を促進すると思います」

「へぇ~……さすが魔王。夢に浸るだけの想像力はあるな」

「夢? あぁ、日本のことですね」


 私の生きた世界。

本当に夢だったのかもしれない、今は見えない世界。


 それでも、私はその世界のことを忘れない。


「焼きレンレン。試してみるか?」

「いいですね。やってみましょう?」

「物は試しって言うしな!」


 エルは立ち上がると、ひとつレンレンを持ってガスコンロまで移動した。私もその後に続いて、エルの背後に立つ。背丈の差があるため、後ろからでもしっかり手元が見える。


「こうして、レンレンを串にぶっさして……こう!」


 竹のような串でレンレンの実をひと突き。そのままガスコンロに火を点けて、その上で炙っていく。ジュワー……と皮がめくれはじめ、焼き色を付けながら果汁も垂れる。エルは好奇心溢れる目でその様子を観察していた。私も、レンレンの焼き果物は初めて目にする。どんな風に化けるのかが楽しみだ。


「なんか、良い香りしてきたな!」

「焼き色も綺麗ですよね」

「そろそろ食べてもいい?」

「食べてみてください」


 ガスを止めて、エルはそれを皿の上に乗せた。串で2等分に切り分けて、半分を私の方へ渡してくれた。私はそれを、ありがたく受け取る。


「いただきまーす!」

「あぁ、熱いと思いますから気を付けて……」

「は、はふはふっ……あふっ…………」

「ほらほら、言ったそばから……」


 唇を軽く火傷したらしく、涙目になりながらエルは口の中でレンレンを味わっていた。熱さで味が伝わっていないのでないかと心配するのと同時、唇も水ぶくれなど出来なければいいのだがと不安に思った。

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