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3-3

「エルは、木の実を食べるんですか?」


 居間のテーブルに並んでいた木の実は、やわらかくなっているのだろう。紫色をしていて、熟している様子だ。その香りなのか、甘い匂いが居間に広がっている。取って来てからどれくらい時間が経ったものなのだろう。3日前には無かったような気がするが、もしかしたら私が夢幻島に戻るよりも前から、この家の中で保管されていたのかもしれない。並んでいる木の実は5つ。手のひらサイズで、それなりにずっしりとしていそうだ。


「そろそろ食べごろだからな。これ以上寝かせてたら腐っちまう」

「なんていう木の実ですか?」

「レンレンっていうんだ」

「レンレン? 可愛い名前ですね」

「そうか?」


 エルは私に椅子に座るように促した。それに従って私は椅子を引いて座る。エルは一度流し台の方に歩いて、私が食べた鍋を置く。それから急須に茶葉を入れてお湯を注いだ。何かを煎れてくれているらしい。香りからして、サクラ茶ではないのは分かる。ミント系の香りがすることから、もしかしたらあの『青いお茶』なのかもしれない。

 急須と空の湯呑を2つ持ってきて、それをテーブルに置く。そして、湯のみの中へお茶を注いだ。やはり青いお茶だ。これがもとで、先々代魔王レクティスは気分を害した。そこまで『色』に拘るところからも、彼の自尊心が高いこと。人間族を忌み嫌っている点が窺える。


「俺はこのお茶も好きなんだ。先々代がいないうちに、飲んじゃおうと思って」

「あれから、レクティスさんは帰って来てないんですか?」

「あぁ、姿を見せてない」

「そうですか」


 心のどこかでほっとした自分が居た。その瞬間。私の中で、レクティスに対して苦手意識が生まれていたことに気づく。レクティスは私より長い年月を生きているし、魂は様々な世界を生き、成長をしているところを見ると、なかなか彼を出し抜く術を見出すことは難しそうだ。きっと、今もどこか安全な場所から、この家を見張っているはずだ。ひょっとしたら、この家の存在意義とは『魔王の監視』にあるように思える。この家に居る限り、私はレクティスには敵わないのかもしれない。


(本を読み進めていけば、何かしら得られるかもしれませんね)


 あの部屋には、誰かが出入りしていた様子はなかった。それに、本を開くことが出来たのはヤイチである私だけ。つまりは、あの本の中の内容はレクティスも知らないという事になる。ただ、本に書かれているのは魔法陣についてや、世界の特色などによるもの。今更レクティスが読み漁りたい本でもないだろう。

 夢幻島に転生し、はじめて本を開いたとき。エルはなんとも言えない表情をしていのを思い出す。開くことが出来るのは、『魔王』だけだと認識していた。あの瞬間、エルの中で私は本当の『魔王』だと確立したのだと考えられる。

 エルも椅子に腰を下ろし、青いお茶をすすった。綺麗な色だ。海を彷彿とさせるコバルトブルー。濁りの無い澄んだ色だ。青はヨウ国の象徴だと聞く。確かに、彼らの目の色の輝きにそっくりだ。私も湯呑を持ち、口につけた。スーッと喉奥までスッキリとする。


「美味しいですね」

「美味いよな? そりゃあ……青はヨウ国の象徴色だけど。飲み物に当たることないよな」

「そうですね。レクティスさんは、本当に人間を嫌っているんですね……」

「いや、その点は俺も分からなくもないから……何も言えないけど」

「でも、エルはあのとき。ヨウ国軍隊に手を挙げず、戻る道を選んでくれました」

「それは…………魔王が、引くなら仕方ないだろ」


 目を伏せたエルの睫毛は、長い。綺麗というよりは、かわいらしさが強いエルの顔。睫毛の長さからしても、女性的な顔立ちだといえる。髪留めで前髪をあげているところからも、女子力の高さがうかがい知れる。それを口にしてはエルが怒りそうなので、言葉にしないで呑みこむ。


「色に意味があるのは面白いですけどね。それで怒りを買ってしまっては困ります」

「まぁ、魔族が人間族を嫌って、人間族が魔族を嫌ってる時点で、世界平和なんて到底無理な話なんだろうけどな」

「それは言わないでくださいよ。私はきっと、世界平和を導きますよ」

「はいはい。まぁ、頑張ってみろよ」

「え?」


 エルの言葉を受け、思わず問い返してしまった。私の言葉を受け、エルは目を見開いた。


「なんだよ」

「いえ、応援してくれるんですね……と、思いまして」

「今更なんだよ。散々ひとのこと振り回しておいて。俺は魔族のみんなを敵に回したも同然の立ち位置なんだぞ?」

「レキスタントグラフ……ですね」

「みんなの前で見え切ったんだ。貫いてもらわないと困るってもんだ」


 青のお茶に自身の顔を移し込んだ。揺れもしない水面には、しっかりと顔が映りこむ。この世の者とは思えない美しさ。自分で言ってはおしまいだが、整いすぎた顔立ちだ。


「きっと、成し遂げます。見ていてください」

「見ているだけでいいのか?」

「?」


 にっと口元に笑みを浮かべる。そこには、勝気で勢いの良い少年の顔があった。得意気な表情で、目にも力がある。


「記憶のない魔王の手となり足となる。俺は、誰よりも魔王の近くで働き続けるぜ!」

「エル……」

「任せとけよ」

「はい。心強いです」


 自分で言っておきながら、照れが生じたように見える。顔をややピンク色に染めながら、また目を伏せ泳がせた。先ほどみたいに咳払いをして誤魔化している。その様子が可愛らしく、私は静かに笑った。

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