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「座ってくれていていいんだぜ? もう少しでお湯沸くから。待っててくれ」

「でも、ひとりで座っているのは申し訳なくて……落ち着かないんですよ」

「いいから、いいから。座ってろ」

「……分かりました。お言葉に甘えますね」


 私は椅子を引いて座ると、椅子を戻した。小さなテーブルだが、2人ないし3人くらいなら問題なく食事も出来る大きさだ。特にレクティスは気まぐれだ。もう帰って来ないかもしれないし、すぐに帰って来るかもしれない。むしろ、もう部屋の中に居るのかもしれない。そんな彼のことを気にしながらも、私はエルの小さな後姿を見守った。

 左手を腰にあて、右手で鍋を持ち沸騰を待つ。次第にクツクツクツと小さな音がして、ボコボコボコと大きな泡と共に音も変わる。すぐに火を止めると、急須の中に茶葉を入れ、そこにお湯を注いだ。良い香りが鼻に伝わる。この、ほのかに甘い香りはサクラ茶だ。


「はい、出来た……と」


 急須と湯呑を持って、テーブルに移動してくると、まずは私の目の前に湯呑を置いてくれた。続いてエルの席にも湯呑を置き、順に急須からお茶を注ぐ。沸騰したばかりのお湯で煎れているため、湯気がゆらゆらと立つ。注がれるお茶は優しいピンク色で、甘い香りは心を落ち着かせてくれた。


「ありがとうございます」

「魔王には、これが一番だと思ってさ」

「私はあの青いお茶も好きですよ? 見た目も綺麗でしたし、すっきりとした味わいも爽やかでした」

「……そこも、昔の魔王と変わらない」

「そうなんですか?」

「あぁ」


 エルも席に着くと、自分で注いだサクラ茶に視線を向けた。温まりたくて湯呑に手を伸ばしても、熱すぎて今は持てずにいる。私も『あつ……』となりながら、湯のみは触れない。ただ静かに、薄ピンク色のお茶を見つめていた。


「記憶がない割に、似ているところは多いんだ。きっと、本質は変わってないんだと思う」

「そうだと嬉しいです」

「やたら争い事を嫌う姿勢も……本当は、似てるんだ」

「え? そうなんですか?」


 冷徹で冷酷な魔王。

 そう言われていたはずの、私の過去の姿。


 しかし、過去の魔王も今の私と同様。

 争いを嫌っていた……?


 それが何を意味しているのかを、私は知りたいと思う。


「行方不明になる前から、私は争いを嫌っていたんですか?」

「今ほど徹底してないし、分かりづらかった。だけど、争いが嫌いだからこそ、世界統一を進めるために冷徹になっていたように見えたんだ」

「エルの目から見てそうとれたのならば、きっと……そうだったんでしょう」

「覚えていないのか? その当時のこと」

「はい…………すみません」


 長い睫毛の自分の姿が、サクラ茶の中で揺れる。争いを失くすために、最小限の争いを直ぐに片付けようとしたのか。平和を求め戦うということは、そういう方向性も選択肢に入るのかと私は気づいた。その発想は無かった為、私の心の中がざわっとする。

 すぐに片付けることで、多くの命の犠牲を最小限に抑えるという手法は、第二次世界大戦をはじめ、地球でもよく見られた戦略だった。しかし、その代償となった少数派の命はどうなる? 


命は尊く、平等でなければならない。

その命を天秤にかけることが、そもそもの間違っているのだ。


「そんな方法では、本当の平和は築けませんよ」

「……でも、全てを助けるなんて無理だ」

「やってみせたひとが、過去にいないからですか?」

「できっこないだろ。無理だ」

「私が最初のひとになってみせます」


 熱々のサクラ茶も、外からの風を受けて程よい温度にまで下がって来た。私はその湯呑を両手で持ち、温もりを感じて微笑みながら後を続ける。


「誰かに出来なかったことでも、私になら出来るかもしれません。命は、絶えたらそれまでなんです。欲の前で失くして良いものなんて、ありません」

「じゃあ、どうやって争いを失くすんだ?」


 もっともな質問だろう。私はサクラ茶をひと口、すすった、良い香りだ。疲れた身体にも心にも沁みる温かさがある。私は静かに目を閉じた。五感を研ぎ澄ます。今この空間もきっと、レクティスには監視されていることだろう。それでも構いやしなかった。見られていようとなかろうと、私の考えも行動も変わらないからだ。


「私は隠居を決め込みます」

「は?」


 ずず……。

 お茶をすする。


「魔王の権限を放棄しては、きっとその力を使って、世界をどうこうしたい者が現れてしまうと思うんです。ですから、私は魔王を続けながらも、この家でひっそりと生き抜きます」

「前にも言ってただけど、本気か?」

「もちろんです」


 エルは、プッと息を吹きだした。そのまま、あははは……と声に出して大笑いをする。目を細くし、暫く楽しそうな笑い声がこの小さな家に響いた。笑っている姿を見ていられるのは幸せなことだ。私も目を細めた。


「馬鹿々々しいけど、魔王は本気なんだよな。あーぁ……どうなるか、不安だな」

「そうですか?」

「でも」

「?」


 エルもサクラ茶をひと口飲んだ。そのあと、間をあけてから私と目を合わせる。


「そういう魔王の楽観主義なとこ。俺は嫌いじゃない」

「ありがとうございます」

「あとさ……」


 何かを照れてる様子にで、エルは右手で頭をワシャワシャと掻きまわす。そのまま一度、髪飾りを取ってから手で髪を梳いて、髪飾りを付け直した。


「俺は、魔王のことを信じてるから。これでも、安心してる」

「それならよかった。私も、エルが居てくれるから前を向いていられるんです」

「歯が浮くようなセリフはそこそこにしてくれよ」


 楽しそうに笑っていると、時間が流れるのも早く感じる。常に同じく平等に時間とは進むものなのに、自分の置かれている状況によって、その刻まれ方が変わってくるように感じられるのは不思議でしかない。ひとの感覚とは、それだけ自由に変わることが出来るものなのだ。可能性が様々な面で残されているのならば、世界に生きる全ての種族が『平和』を望み、争いから手を引く可能性だって、信じてみて悪くはない。


(妙な宗教的観念ではなく、みんなが自然と手と手を取り合って生きられる環境が生まれたらいいんですけどね)


 私は静かに、胸中で呟いた。

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