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2-17

「自覚はないのかな?」

「それでは、この問いからは逃げさせてもらいますね。お茶を飲みましょう?」


 さらっと受け流して、私は椅子に座ってコップを手に取った。温かい。熱すぎることはなく、程よい熱が手の平に伝わって来る。湯気もゆらゆらと上がっている。その温かい水分で近づけた顔も温まる。良い香りだが、サクラ茶ではなかった。青い色をしている。バタフライピーのような茶葉なのだろう。


「さぁ、椅子に座りましょう? 立ったままの飲食は、行儀が悪いですよ?」

「つまらないところには、気を回すようだね」

「つまらないところにこそ、物事の真骨頂があるとも言えますから」


 にこやかに笑うと、私はお茶の香りを楽しんだ。その様子を見て呆れたのか、軽く息を吐いてから椅子に座る。向かい合わせではなく、90度離れた場所の席。もともと、彼はこの席に座っていたのかもしれない。

 そういえば、何故この家には3つの椅子があったのだろうか。先々代が誰かとこの家に住んでいたとは思えない。私が使わせてもらっている個室も、誰かが使っていた後ではないだろうか。レクティスは魔王時代に、この家を建てた。その段階では、共に生きたものが居たと考えるのが普通だ。

 エルは何かを知っていると思う。だからこそ、開かずの扉には近づかないよう私に指示したのだろう。しかし、今はエルに聞くタイミングではないと考え、言葉はかけない。ただ、何時にしてみたところで、レクティスには聞かれていることは覚悟しなければならない。レクティスは私が魔王としてこの世界に戻って来たことを察知してから、私への監視が始まっていると言える。ミスティーユから戻って来たところで姿を見せて来たことにも、意味があるのかもしれない。本人に聞いてみても、答えははぐらかされるだろう。気にしないふりをして、私はお茶の香りを楽しむ。ほのかにすーっとする匂いだ。ハーブティーによくある香りと色合いだ。


「エルもどうぞ。座って一緒に飲みましょう?」

「……あぁ」


 私と向かい合わせの椅子に座ると、ちらっと視線をレクティスに向けた。レクティスはその視線に気づいているはずなのに、エルにはまるで関心を見せない。にこやかな顔で私を見ている。


(やれやれ……)


 内心で呟きながら、私は一度コップをテーブルに置いた。


「それでは。いただきます」

「いただきます」


 手を合わせてからコップを再度持つ。私はお茶をずずっと吸う。お茶の温度はどれくらいだろうか。60度くらいで熱々ではない。沸かしてあったお湯をそのまま使って煎れていたため、沸騰したばかりの熱さではなかった。猫舌の私には、ありがたい温度だ。喉にも優しく、身体に沁みていく。

 青い液体には抵抗があるのか。レクティスは何故か飲み物を口にしようとはしていない。不思議に思って私はレクティスに声をかけた。


「程よい温度で、猫舌でも飲めますよ? レクティスさんは、飲まないんですか?」

「敵からの塩を喜ぶ人間性ではなくてね」

「敵に塩を送るなんて、この世界にもあるんですか?」

「……この世界?」


(あぁ、しまった…………)


 面倒なことを口走ったと、私はちょっとした後悔をした。しかし、口にしてしまったのだから仕方ない。私は『はは……』と笑った。それが返ってレクティスの神経を逆なでしたらしい。再度ピクッと眉を上げる。


「キミは本当に、別の世界からやって来たのかな?」

「まだ、断定は出来ない状況なので、お答えすることは難しいですね」

「そう言ってはぐらかせば、僕が諦めるとでも?」

「私は楽観主義者ですが、そこまで簡単に事が運ぶとも思っていませんよ。ただ……」

「?」

「ちょっとした争い事も、出来る事ならしたくないとは思っています」


 エルはやけに静かだった。ただ、ほのかに笑みを浮かべている。私という存在を認識してから、エルの対応は随分と柔らかくなったと思う。まだ、再会を果たしてから数日だ。それでもエルは、日本生まれで庶民的な弥一の精神を赦してくれた。私はそのエルの判断に、応えたいと心から思っていた。弟の気持ちが少しでも落ち着いたなら、兄として嬉しい以外ない。


「争いを望まないなら、その力をさっさと明け渡してくれていいんだよ?」

「力を誇示することを望んでいないので、別の方へ力を渡すこと自体は抵抗ありません」

「それなら……」

「ですが」


 言葉を遮ろうとしたレクティスの言葉を、私は打ち消した。


「それによって力が間違った方向に使われてしまうのなら、それは受け入れられません」

「……まぁ、守ってみればいいよ。キミが死んだら、その力はまた別の魔王族へ移るんだ。その宿命からは逃れられない」

「流石に、死んだ先のことまでは、私には考えられません。だからこそ、目の前のことから逃げずに、信念を貫き通したいと思います」

「本当に……頑固な魔王だ」


 嬉しそうに弾んだ声で、エルは呟いた。その光景を、レクティスがどんな目で見ているのかは、目で確認しなくとも分かる。しかし、それでいいと頷いた。今は、レクティスからの評価をエルことは不可能なことであり、私の目指す世界とは、方向性が180度違うことは分かっている。それを無理やり従わせるのは、やはり『平和主義』からは外れてしまう。

 平和主義はいいのだが、そればかりを唱えていても世界が救われることはない。実際に自分が行動することで、実現可能な世界を見出したい。他力本願というのもまた、仏道での言葉としてある。仏を頼るのもいいが、この世界で祈る先は『陽』なのだろう。光を求めて争いはじめたこの世界の民をひとつに繋ぐならば、『陽』に敬意を払い、共有したいという願いを乞う必要があるように思う。

 元々、祈りを捧げる対象を制限されるということ自体が間違っているのだ。誰もが祈りを捧げるものを持っていていいはずだし、それが許されない世界を私は見たくない。

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