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2-12

「エルディーヌ。キミは魔王でもないのに、分かった口を利くものだね?」

「俺は魔王じゃない。でも、魔王のことをずっと見て来た魔族だ」

「ずっと?」


 レクティスはピクリと眉を上げた。整えられた細い眉は、もともときりっと吊り上げ気味だった。その眉がより一層上がった。


「ずっと……といえるほど、イチルヤフリートくんと共には居なかっただろう? 大体、イチルヤフリートくんは、魔王を継承してまだたったの5年じゃないか」

「5年?」


 次に声をあげたのは、私だった。『5年』というのは、つい昨日聞いた年数だ。それは、エルのもとから離れていた期間と同じである。つまり、私は魔王を継承したその年に、行方不明になっていることになる。それならば、魔王としての経験値は殆どない。『ゼロ』と言えるのではないだろうか。私はつい、エルの顔に視線を送った。エルは沈黙している。


「そうだよ。5年前。キミは魔王を継承し、その後……姿を消した」


 何か、絡み合った糸がある。

 その中心の絡まりにはきっと、『5年』という流れがあるのだろう。


 魔王としてすぐに消えたのであれば、個室にある魔王が残した本はなんだというのだろう。イチルヤフリートは、何かを予知して魔王であった証や知識、魔法陣を部屋に残したのだろうか。それを知るには、エルの協力が要るのかもしれない。エルは、私の知らない過去と事実を知っている。

 無理やり聞く必要はないだろう。エルは賢く、優しい魔族だ。エルのタイミングで聞けばいいと感じていた。私は軽く息を吐くと、レクティスに向き直った。


「洗濯に行きますよ、レクティスさん」


 私のその誘いを、レクティスは当然あっさり断った。


「ごめんだね。僕は寝るよ」


 私はそれを聞いてから、今度はエルに視線を送る。右隣に居るエルは、まだ顔を俯かせている。その頭をポンポンとゆっくり撫でた。今日もまた、前髪を上げてサクラの髪留めをしてくれている。あのおばあさんが見たら、喜んでくれることだろう。私の首には、サクラのチョーカーがきらめいている。ローブで隠れているため、レクティスは気づいてないだろう。何故かは分からないが、レクティスにこれを見られてはいけないと、警鐘が鳴る。

 いつまでも隠せるものではないはずだ。ただ、まだその時ではない。そういうことだと私は判断し、首元を整えた。

 お皿を洗い終えると、私は洗濯へ行く準備をはじめた。エルはずっと元気が無い。この様子をずっと見ているのは私も辛かった。早いところ外へ出て、川で気分転換したいところだ。濡れた手をタオルで拭き、エルの方に視線を向ける。


「エル、行きましょうか」

「ん、そうだな……」

「…………あまり、気にしなくていいと思いますよ」

「え?」


 私はふっと力を抜いて、口元をやわらかく穏やかな表情を見せた。エルはぽかんと口を開き、目を開いた。


「レクティスさんのこと。何を言われても、そこまで気にしなくていいと思います」

「……魔王には、記憶が無いから」

「記憶があった場合は、私も恐れていそうでしたか?」

「…………たぶん」

「レクティスさんの語る世界よりも、私はエルの語る世界を信じたいです。そして、魔王としてではなく、兄として生きるつもりでいますよ」

「…………ほんと、バカみたいに平和主義者だな、魔王は」

「ダメですか?」


 エルは少し間を取った。目を細めて、何かを噛みしめているように窺える。私はエルからの答えを待った。手をタオルで拭きながら、エルは私の顔を見上げた。そこには迷いの色が消えている。


「そこがイイところだろ、魔王!」

「はい」


 にこやかに答えると、私は満足して服を取りに個室へささっと行って戻って来る。パジャマにしているローブも洗おうと、2着抱えている。レクティスさんのローブも洗おうと思っていたが、今は下手に干渉するのはやめておこうと考え、いつも通り。エルと私の分だけを洗濯しに川へ向かう。静かに玄関ドアを開け、外に出た。今日はいい天気だ。日差しがぽかぽかと温かい。太陽の光は、心身を健康にしてくれる働きがある。参ってしまった精神状態と痛みも、この日光の前では少しは緩和されていくものだ。

 川までの距離はそれほどない。10分程度で川の中流にたどり着く。桟橋に立つと、私はそこに置いたままの洗濯板を手に取って、ゴシゴシと自分のパジャマを洗いはじめる。その様子をエルは隣に座って眺めていた。しばらく、どちらも言葉を発せず静かに洗い物を続けた。


「……なぁ、魔王?」

「なんですか?」


 先に言葉を紡いだのはエルだった。声を潜める様子も無い。ある程度家から離れたことで、レクティスからの恐怖心が若干落ち着いたのか。声も震えたりしていない。隣にしゃがんだ状態で、エルは続けた。


「魔王は、さ。覚えてないんだよな? 老魔王から魔王を継承したときのことも、継承してすぐにどこかへ消えちまったことも」

「えぇ。残念ながら覚えていないんですよね……ただ、日本という世界に魂が運ばれていたんだと思っています」

「魔王が語る夢の国、日本……な」

「でも、疑問は残るんですよ」

「なんで?」


 首をやや傾げて不思議そうな目の色をしている。赤い目には随分と慣れてきた。緑の髪に赤い目。日本ではなかなか拝めない容姿だ。最近はウィッグやカラコンも流行のため、一切ないとは言わないが、天然ものでその輝きを見せることは出来ないだろう。一番馴染めないのは、やはり『角』か。水面に映る私の姿には慣れないし、誰よりも立派な角にも違和感がある。27年間付き合って来た日本人『弥一』の顔がまだ、頭にしっかり浮かぶため、魔王としての姿は見慣れなかった。魔王にだけ表れる特徴、紫の髪にも慣れないし、そもそもここまで髪を伸ばしたことが無いので、腰まで伸びているのも変な感覚だ。そのうち慣れるだろうと甘い目算でいたが、早いところ慣れなければレクティスが仕掛けて来そうだし、人間族からの宣戦も頭に入れておかなければならない。


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