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2-10

「野菜やスライスされている肉は、どこかで調達してきたんですか?」

「野菜は買ったものもあるし、俺が作って来た物もある。ハムは、町で買って来たものだ。あぁ、安心しろ。別に腐ったりとかしてないから」

「そんな心配していませんよ」


 くすっと笑うと、エルは私の顔を見上げて若干笑った。ちょっとでも元気が出て来てくれたなら嬉しいところだ。私も釣られて微笑む。


「レクティスさんの分も、作ってあげてるんですね」

「そりゃあ…………イヤだけど、アイツだって食べ物を食わなきゃ死んじゃうだろ。魔族が魔族を殺すなんて、俺の美学に反する」

「エルに美学があるんですね」

「あ、それどういう意味だよ! 俺に美学が無い訳ないじゃん!」


 口調は強めているが、心底怒っている様子ではない。そんなエルの前髪は、やはり昨日もらってきたサクラの髪留めでアップして留められている。可愛らしい。今まで気づかなかったが、エルの両手の爪は、赤く塗られていた。マニキュアだろう。女性的なセンスを持っているのがエルのようだ。

 料理が女性だけの嗜みとは思っていないが、それでもどちらかといえば家庭料理とは女性のイメージが私の中にはある。そういうこともあって、より一層エルのことを女性的だと感じた。


「すみません。むしろエルは、美学や美的センスの塊でした」

「それはそれで、なんか引っかかるんだけど…………」

「褒めてるんですよ?」

「ならいいけど」


 レタスの水を切ると、手慣れた手つきで水気をしっかりと紙で拭い取り、パンの上に並べた。手を出そうとも思ったが、ここはエルのテリトリー。私は静かに見守ることにした。邪魔にならないよう、半歩下がったところでエルの手元を見守る。レタスにキュウリ、トマトもあった。それらを並べて最後にハムをのせる。


「美味しそうですね」

「俺が作ったんだから、当然だろ」


 嬉しそうにエルはどや顔をしてみせた。褒められてここまで喜んでくれるのは気持ちがいい。私もほっこりした。

 丁度出来上がったところで、パタンと扉が開いて閉じる音が聞こえた。奥の方だ。つまりは、北にあるレクティスの部屋の扉だろう。床が軋む音も聞こえてくる。


「おはようございます」

「…………」


 私から声をかけても、レクティスから返事はなかった。ぼんやりとした顔で、気怠そうだ。どこか具合でも悪いのかと、私は心配になり声を掛けた。


「大丈夫ですか?」

「…………はぁ」


 こちらに言葉を返すことはなく、大きなため息を吐きながら椅子に座った。エルはその様子を特に気にしていない。レクティスが現れたことでまた嫌そうな顔をし、だんまりになった。私はふたりの様子が気になって、交互に様子を確認した。その視線に気づいたのはエルだった。テーブルに、皿に乗せたサンドイッチを運びながら私に声をかける。


「先々代は、朝が弱いんだ」

「そうなんですか? 朝といっても、もう10時回っているじゃないですか」

「僕にとってはまだ、早朝だよ」

「…………ほら」


 レクティスのところにもサンドイッチを置く。それを見ても、レクティスは何も答えない。せめて、軽く礼でもすればいいのにと私は思うが、人それぞれ誠意の表し方はは違う。あえて口出しせず、私も椅子に座った。最後にエルも腰を下ろした。


「それでは……」


 私は手を合わせた。それを見て、エルも黙って手を合わせる。レクティスだけは、こちらを不思議そうに見ているだけで、真似はしない。


「世界と生命に感謝し……いただきます」

「いただきます」


 手を合わせ、一礼してから私はパンを持った。なかなかのサイズだ。パンは、日本の食パンよりは固めで、サイズが大きかった。パンの耳もあるし、見慣れた食パンにそっくりだ。

 あむり。ひとかじりする。野菜のみずみずしさが心地よい。シャキシャキとしたレタスの食感と、ちょっとした酸味のトマトが良い味を出している。食べ物の好き嫌いはない。これもまた、食事を楽しめる要素のひとつといえる。


「美味しいですよ、エル。ね? レクティスさんもそう思いませんか?」

「別に? ただのサンドイッチだね」

「捻くれてますね、レクティスさんって」

「どうとでも言いなよ」


 捻くれた口の利き方でも、もぐもぐと咀嚼を続ける様子をみれば、サンドイッチを気に入ったという様子は窺える。私はつい面白くなり、僅かに笑った。それが、レクティスとしては面白くなかったのだろう。私の方に睨みを利かせた。


「なんだい? ひとの顔をじろじろ見て笑うなんて。失礼じゃないか」

「あ、そうですね……すみません。つい」

「つい……じゃないよ。今後気を付けて欲しいね」

「わかりました。気を付けます」


 レクティスは、『元魔王』である。

 つまりは、強大な力を保持していた能力者だ。


 しかし、それは過去のこと。

 今は『魔族』でしかない。


 それなのに、ここまで自身に自信があるのは何故だろうか。

 私はそれが、不思議に思えた。


 咀嚼を繰り返す音だけが、この3人の空間に響いている。静かな事この上ない。あまりにも室内が静かすぎて、かえって外の小鳥たちのさえずりがよく聞こえて来る。冬が近づけば、小鳥たちも温かい場所を求めて飛び立つはず。そうしたらこの光景も、しばらくはお預けかと寂しさを覚える。

 テーブルには飲み物もあった。香りからして、サクラ茶ではない。ほのかに甘いサクラ茶では、サンドイッチの味を引き立てないからだろう。コーヒーが淹れられていて、良い香りだ。あまり好んでコーヒーを呑むような生活を送っていなかったが、美味しいと感じられることは幸せだ。

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