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2-4

「私は、魔王です」


 レクティスがどんな心情を裏に持ち、笑みを浮かべているのかを正確に測ることは出来ない。ただ、彼が不愉快な感情を抱いたことはまず間違いないだろう。誰にでも良い顔をすることは出来るかもしれないが、私はこの世界で唯一の『魔王』として転生したことに、意味を見出したかった。その道半ばで、魔王を放棄することは選びたくない。さらに言えば、世界を覆し、身勝手に変えようとすることを明言している彼に、魔王の座を渡すことは、平和主義の精神からも外れた判断になってしまう。その道を選べるはずがなかったのだ。


 私は、日本経由の魔王なのだから。


「お茶、煎れたぜ」

「ありがとうございます、エル」


 お盆に3つの湯呑を乗せて、エルはテーブルまでサクラ茶を運んでくれた。ほのかに甘く、優しい香りはやはり心を癒してくれる。気持ちが落ち着いて来ると、よりレクティスへの恐怖心は和らいだ。言ってしまえば、『元魔王』であるに過ぎない。今の魔王は私であるならば、彼は今、ただの『魔族』でしかないのだ。

 紫の薔薇の印のことを言い当てたからといって、そのカラクリを理解しているのではない。結局、それがどういうことなのかを私は分からずにいた。しかし、今はそれでいいと頷く。言い当てたことで、レクティスは私に対して少なからずの警戒心を抱いたはずだ。私に『魔王』らしさの欠片でも見出したならば、安易に手を伸ばして来ることはないだろう。そして、その私が大切にしているのが『エル』だ。エルに対しても、意地悪してくることは防げるはずだ。

 100パーセント平和を手にできた訳ではないが、ある程度の防御線は張れたと読む。私は湯呑を右手で持った。左手を差し出すと、レクティスにもそれを促す。


「レクティスさんも、よければ1杯どうですか? 美味しいですよ、エルの煎れてくれるサクラ茶は」

「…………もらおうか」


 一瞬躊躇いを見せながらも、レクティスは私の誘いに乗った。それに満足した私は、エルに微笑みかけた。


「エルもどうぞ座ってください」

「俺はいいよ。立って飲む」


 ちらりと送った視線の先には、レクティスが居る。まだ、警戒しているのだろう。しかし、すぐにエルの首を狩るような真似はもう出来ないだろうと私は考えている。エルにそれを伝えるために、私はしっかりと頷いた。


「大丈夫ですよ」

「……魔王がいうなら、分かった」


 エルはあえて『魔王』という言葉を選んだ。レクティスに喧嘩を売っているのではない。私が魔王であるということを強調することで、レクティスからの攻撃を防ごうとしての言葉選びだ。私はエルが着席するのを確認すると、今度はレクティスに視線を向けた。


「いただきます」

「いただきます」


 私とエルが揃って感謝の気持ちを伝えるのを、レクティスは妙な顔をしながら眺めていた。

 レクティスの知るイチルヤフリートというのは、エルとそこまで仲がよかったとも言えないような関係性だったという。エルディーヌのことを『エル』と愛称で呼ぶところから、それを読み取ったらしい。彼が言うように、本当に私は以前の魔王と完全にイコールで結ばれてはいないのかもしれない。それでも、私はこの姿を持っており、意識もハッキリとしている。『弥一』の記憶は鮮明に残っているが、この世界のことも、まったく分からないということもない。やはり魂が、この世界で生まれ、何かの拍子に日本へ旅立ち、そしてまた戻って来たと考えるが自然のように感じる。

 ひと口、またひと口。湯呑を口に運ぶと、ふんわりとした甘い桜の香りが鼻に届く。温度は私にとってはほどよい。70度くらいだろう。やや高めだが、飲めないほどの熱さではない。口に含むとさらりとした感覚。甘すぎない天然の甘味が私はお気に入りだった。

 レクティスは、私とエルが飲むまで、それを口にしなかった。湯呑に毒でも入っているのではないかと考えたのかもしれない。そんなことをするような私でもないし、エルでもない。それなのに、そういった行動をとるしかない思考を張り巡らせるレクティスを、少々不憫に感じるものがあった。


 ごくり。

 視線を私に向けた状態で、レクティスはサクラ茶を口にした。

 数秒そのまま待ち、身体に変化がないかを確認する。


 数分経っても異常がでないところを見て、レクティスはようやく安心したのだろう。ふた口目に入った。

 口を開けば皮肉や恐ろしい言葉しか発しないが、黙っていれば美しく気品のある男だ。睫毛も長い。睫毛の色は緑ではない。黒だ。髪の毛が緑なだけで、眉毛などは黒だったり茶色だった。


「落ち着きませんか?」

「何がだい?」


 レクティスはまだ、こちらを警戒している。さらに言えば、機嫌も悪そうだ。表情も口調も淡々とし、何の影響も受けていないと思わせたいのだろうが、私はひとの顔色の変化を窺うのは得意な方だった。そのため、レクティスの表情からも優雅に見えて焦りを覚えている様子は感じていた。しかし、それをレクティスに覚られてはいけない。そんなことを見せれば、レクティスはそれこそ憤慨するだろう。


「このサクラ茶。ほのかに甘くて、美味しいでしょう?」

「興味ないね。お茶なんて、飲めればそれでいい」

「なるほど」

「?」


 レクティスは、優雅に見えて実際はガサツなのだろうということに、私は気づいた。物事を愛でたり、景色を楽しんだりする余裕。そういうものは、持ち合わせてはいないのだ。きっと、彼の心の中にあるものは、世界の征服でしかない。

 人それぞれ、価値観というものは違っていて当たり前だ。その価値観を誰かが捻じ曲げて良いものであない。ただ、主張するのは自由だが、その主張のせいで誰かが虐げられるのならば、それは肯定出来ない。

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