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2-2

「紫色も持ち合わせる魔族というものが、存在するんですか?」

「紫は魔王の象徴。魔王にしか許されない光……」


 私の問いかけに、漸くエルは応えてくれた。両手拳を握り、僅かにだが震えている。恐怖からか、緊張からか。或いは、両方のことが要因となっているのか。エルの不安を拭い去ってあげたいと思うのだが、男の正体に見当もつかない私には、残念ながらこうしてエルの身体を支えることで手一杯だった。華奢で小柄なエルからみると、目の前にまで迫って来た男は威圧的でしかないだろう。背丈は175センチほど。色白でとても華奢。見た目だけなら女性的といえる。二重でも切れ長の目は美しさを強調する。男がただの魔族でないことは分かったが、それで『魔王』として結びつけていいものかは分からない。


 ビュービュー……風が吹き荒れる。

 平和でしかなかった夢幻島とこの隠居生活。

 たったの数日で、大きな問題にぶち当たったという自覚を得た。


「エル。彼は魔王なんですか?」

「………………」


 とても小声だったため、私は聞き逃してしまった。外の風の音も煩く、エルの言葉を掻き消していく。私がもう一度とジェスチャーすれば、エルは今度はもう少し声量をあげて言葉をくれた。


「目の前に居るのは、レクティス・ヤイチ。先々代魔王だ」

「先々代の魔王?」


 男は再度、不敵な笑みを浮かべた。その冷たい笑みの下に、何を隠しているのだろう。冷淡な眼で睨まれれば、誰だって恐怖を覚えそうだ。張り詰めた空気くらいなら、鈍感な私にも伝わる。しかし、先々代魔王が何故現世に居るのだろうか。先々代ということは、老魔王のひとつ前の魔王ということになる。老魔王が居たということは即ち、老魔王が即位するその瞬間に、彼は死んでいることになる。死んだからこそ、老魔王が君臨した流れとなる。それを覆せるような事例があるのだろうか。

 よく考えてみよう。この家は、先々代魔王が造ったと言われる小屋だ。そして、今はエルがイチルヤフリート……つまりは私とふたりで暮らしていた。私が行方不明時代も、エルはこの家を守り、私の帰りを待ってくれていた。その中に、疑問を抱く点はあるだろうか。

 いや、ひとつだけ不可解なことなら存在している。開かずの扉。開けてはならないと、エルからきつく言われていた部屋がある。その部屋の持ち主が、目の前の男。レクティスだとしたら……話のつじつまは、少しずつ合わせられていくのではないか。私はそれを訊ねたくて、エルに言葉を掛けた。


「エル。1番北の開けてはならない部屋。もしかしてそこは、彼の個室なんじゃないですか?」

「…………」

「違いますか?」

「…………そうだ」


 何故、すぐに肯定しないのか。

 私は違和感を覚えつつも、エルを責めるような言及はやめようと決める。


 レクティス・ヤイチと紹介された男は、薄い唇を少し開かせる。気品と自信にあふれた顔つきは、美しいが温もりは一切ない。彼を前にして、私はヨウ国軍のキルイール隊長の言葉を思い出した。


『誰もが恐れる存在、そして、絶対的力の誇示。誰もが主を見て、恐怖に支配された』

『その魔王とは、真に主であったのか?』


 もしかしたら、キルイールの見た魔王というのは、『イチルヤフリート・ヤイチ』ではなく、『レクティス・ヤイチ』だったのではないだろうか。

 どちらも苗字は『ヤイチ』だ。ヤイチという血族で、魔王の継承が続いているのだろうか。エルは、老魔王のことをとても好きだったように感じ取れた。本当の父、或いは祖父として、懐いていたのだと思っていた。老魔王の名を知らないため、老魔王も『ヤイチ』だったのかは今のところ分からない。

 同じ苗字だからといって、それがイコール血が繋がっていることの証明にはならない。日本で『鈴木』や『佐藤』という苗字が多く居るのと同じで、この夢幻島には、『ヤイチ姓』が多い可能性は大いにある。

 恐れることはない。私はまだ、男から何かをされたわけではない。からかわれているような様子はあるし、良い気持ちはしないが、彼を見て恐怖に支配されていることもない。ただ、華奢な青年がこちらを見上げている。その程度にすぎない。

 少しずつ、エルの震えも落ち着いてきた。外が冷えていたから、余計に震えが増していただけかもしれない。玄関ドアを開けたままだ。私は玄関ドアに手を伸ばした。


「レクティスさん……と呼びますね。外は冷えますので、ドアを閉めさせていただきます」

「どうぞ? イチルヤフリート君」

「ありがとうございます。さぁ、入りましょう? エル」

「ぁ、…………あぁ」


 私に促され、エルは一歩中に踏み込んだ。その後ろでドアを閉める。風がある程度凌げる分、温かい。しかし、居間の暖炉は冷えたままだった。この寒い中、暖炉に薪を組むことも無く、私とエルの帰りを待っていたというのか。


「座って話すかい?」

「何についてお話をするんですか? 私は特に、話すような中身はありませんけど」

「ほぅ? 煽って来るものだね? 今の魔王はキミだから、僕のことは足元にも及ばないとでも思っているのかな?」

「とんでもない。私には魔王としての力はありませんから」

「紫の髪を持ち、絶対的魔力を保持しているキミがそういうと、厭味にしか聞こえないよ」

「事実ですよ」


 私は別に、目の前にいる先々代魔王と争うつもりなど微塵も無かった。誰が魔王であっても、私が私であることが揺らぐことはない。そして、魔王でなくとも私は構わなかった。この世界で望むべき場所があるとすれば、それはエルの『兄』としての立場しかない。

 それなのに、好戦的な態度で私を見据えて来るレクティスは、よほど『魔王』という地位にこだわりがある様子だ。私は軽く息を吐いた。これから、物事が捻じれていくのではないかと言う不安に駆られると同時、気が重くなったからだ。


「イチルヤフリート君」

「何でしょうか?」

「キミに、魔王の権利の譲渡を要求する」

「……それは、私に“死ね”と言っていることと、同じではありませんか?」

「そうだね。魔王の継承には、魔王の“死”は必然となる」


 この人は、平気で人に『死ね』と宣告する。

 なんて横柄で、身勝手な男なのだろうか。

 何も知らない私にも、この男の違和感に気づくと背筋が凍る緊張感が襲った。


「何故あなたは、力を望むんですか?」

「無論」


 先々代魔王は、物欲を前に恍惚とした表情で私を見た。

 凍るような赤い眼の輝きは、冷たい。


「成し遂げられなかった、“世界”を得るためさ」


 エルは俯いたまま、何かを話すことはない。ただ、耳だけはこちらに注意させているように見える。静かに私とレクティスの会話が終わるのを待っていた。

 玄関の前に三人で立ち尽くしている。冷え冷えとした隙間風にも当てられ、身体が寒くなって来た。それに加えて、レクティスの強欲を目の当たりにし、私も言葉を閉ざした。


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