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「ふー…………食べた、食べた!」

「お腹がいっぱいですね。美味しかったです」

「あぁ! 美味しかった。たまにはこういうのもアリだよな」

「そうですね」


 私とエルはふたり、手を合わせた。命に感謝し、礼をする。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま~!」


 伝票は、テーブルには置かれていない。カウンターで直接会計するようだ。ふとここで、私はお金を持ち合わせていないと言う、重大事案を思い出した。私は慌ててエルの顔を見る。すると、してやったり……とでも言いたげな、どや顔のエルがいた。


「金のことは気にするな。もともと俺が管理していたんだから。お前が記憶失くす前からな」

「そうなんですか? いや、でも……気が引けますね。どこかで私、バイトします」

「は? 魔王がバイトとか辞めとけ」

「何故です?」

「そういう地位にいるの! お前は!」


 その言葉だけでは、私は腑に堕ちず『うーん……』と黙りこくってしまった。しばしの間黙考する。その間に、エルは慣れた手つきでサーシャへ会計手続きをしていた。サーシャも不思議がる様子はないし、本当に以前からエルが全てを賄っていたのかもしれない。しかしそうだとしても、エルもどこかでお金を得ていることになる。何もないところから湧いて出るような物なら、もともと物流の時代で、金銭で物をエル習慣がないはずだ。物々交換をしないということは、銀行のようなものもあるのだろうし、仕事をして魔族はお金を得ていることになる。


「ほら、行くぞ。魔王」

「あ、はい……サーシャさん」

「はい!」


 突然声を掛けられて、サーシャはびくっと数センチ上に飛んだ。ぴょんととんだ様子が可愛く、つい口元が綻びた。男というのは、女性の仕草などには敏感なものかもしれない。軽く自分を恥じて、こほんと咳払いをして誤魔化す。


「途中、騒がしくしてしまってすみませんでした。クレジェットさんに、美味しかったですとお伝えください」

「ありがとうございます! 勿体ないお言葉です!」

「あと、それから……」

「はい!」


 その言葉が本当であると信じてもらいたくて、私はあえてもったいぶって言葉を繋いだ。


「また、食べにきます」

「はっ……はい!! ぜひ、お願いいたします! お待ちしておりますね!!」

「よろしくお願いします」


 頭を下げ、顔を上げた時には、厨房の方からクレジェットがちらりと顔を覗かせてくれていた。片付けの途中なのか、手が離せない様子。こちらへ出て来ることが出来ず、申し訳ないというような顔をしていたので、私は『大丈夫』の意味を込めて再度頭を下げた。そして、先に扉の外へ出ていたエルを追いかけ、喫茶店リーバーを後にした。

 外へ出ると、陽はもう傾いている。冬が近づいていることもあり、余計に陽が短くなっているのだろう。冷え込まないうちに、そして、完全に闇が広がる前に帰った方がよさそうだ。朝方に出会った不思議な少女のこともある。今日は、エルもどことなくおかしい面がある。何か、よくない歯車でも回りはじめてしまったのであれば、私も十分に注意しなければならない。そういえば、昨晩から視線だって感じているのだ。エルに言われて再度気づいたが、この町でも私たちを見ている目があるのかもしれない。


 魔王とは、地位。

 魔族の世界の、おそらくは1番上の位。


 地位が欲しい訳ではない。そんな驕った態度を取るような人間には育っていないと自負したい。ただ、この地位を望まずに得ていたとしたならば、そこに意味を考えたい。私が魔王として転生したことにも、必ず理由があるはずなのだ。日本経由で戻って来た魂。日本と仏の文化がこの身に宿ったことで、私は夢幻島とこの世界を、平和に導くことが可能になったのではないか。その線を推したいし、そうであってほしいと心底願う。争いのための道具にだけは、成り下がってはいけなと思う。


 他の魔族がもし魔王を継承してしまえば、もう止めることは叶わない。

 魔王が私だからこそ、停戦を続ける道を選べる。

 だからこそ、私は他者に魔王の権威を譲渡するつもりはない。


「魔王! ほら、こっちこっち」

「待ってください。エルは速足ですね」


 視線がどうのこうのと言っていたわりに、エルの足取りは軽かった。純粋に、アクセサリーショップへずっと行ってみたかったのだろうと思う。行ったことは無い店。それでも、私がヘアクリップの話を出して直ぐに、その店のことが頭に浮かんだということが裏付けだ。

 殺風景な家の中だが、どことなく雰囲気が女の子の家のイメージに近いのは、エルが可愛い物好きであることが関わっているのかもしれない。魔王の部屋は、整然とされているが、居間にはそういえば観葉植物まで飾ってあった。そこに水やりをしている姿は見ていないが、枯れていない。きっと、エルが丁寧に育てているのだと思う。


「あっち、あっち!」


 どの家も、木で作られている。道路は軽く慣らされた程度の土。アスファルトなどはないようだ。レンガも貴重な資源なのだろう。道に敷くには勿体ないという時代なのか。しかし、思い出してみるとヨウ国は軍船を持っているのだ。ある程度の文明はある。そして、科学も多少は発達している。日本の文明開化前後と、西洋の文明が入り混じった世界がこの地なのだろう。

 T字路のところで、脇道に入る。すると、その奥突き当りに木造で出来た壁を、黒のペンキで塗りつぶした怪しげな店が目に入って来る。『黒』があまりにも主張してくるその店は、とても癖が強い。一見、近寄りがたい雰囲気だが、傍に行ってみると窓ガラスのところに幾つかのペンダントトップやリングが飾られていた。ゴツイデザインの物もあるが、どちらかというと可愛らしい女の子が好みそうなアクセサリーが多く並んでいた。エルはこれを見て、この店がアクセサリー屋だと認識したのだろう。たしかに、男がひとりで入るには、勇希が要るような店だった。


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