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「魔王がすべてだ! 人間族にだって、魔王を崇拝させるべきなんだ。魔族ならなおさら。魔王こそが全てではくちゃいけない!!」

「…………魔王が、兄だからですか?」

「違う!!」


 怒りを通り越し、エルの眼には涙すら浮かんでいた。何がそこまでエルを苦しめているのか。魔王が絶対的存在だとしても、ここまで追い詰められている様子はやや不自然に見える。シャーラの言動をみても、魔王が力を発揮すれば世界は統一できるという見解だ。しかし、そうではない魔族がいるとエルは匂わせている。それでも、危険があったとしてもエルは私を町に案内したかったことも事実だろう。エルにとっては複雑なものを抱えつつも、私を町へ連れて来る道を選んだ。それが事実。


「魔王は絶対なんだ! 兄だからとか、兄じゃないからとか、関係ない! 魔族にとって、魔王がすべてなんだ! そうでなきゃいけない!!」

「エル」

「魔王が魔王を辞めるなんて許されない! 魔王が他の誰かにとられるのも許されない! 魔王は魔王であり、魔王を全うしなきゃいけないんだ!!」

「わかりました」

「魔王陛下……?」


 私はエルと向き合った状態で、座っている。立ち上がっているエルの顔を見るには、見上げなければならない。興奮し、息は荒々しく、目には涙を浮かべている弟を前にして、非道に対応することは私にはできなかった。優しくエルの緑色の髪を撫でながら、落ち着くように何度か頷いた。


「エル。私は“魔王”を放棄するつもりはないですよ。だから、落ち着いてください。あなたが導いてくれたなら、私はきっと良い魔王になれるでしょう」

「っ…………俺は、俺は、ただ……ただ!」

「大丈夫ですよ。分かっていますから。サーシャさん、コップすみません」

「いえ、お怪我はされませんでしたか?」

「大丈夫です」


 椅子から下りて、ガラス片の片づけを手伝おうとすると、サーシャは慌てて手をばたばたと横に振った。そのあと、その応対もよくないと感じたのか。言葉に詰まっていた。


「あ、あの……大丈夫です! 片付けは私がしますので! エルディーヌ、あなたも座ってください。食事中に声を荒げないの!」

「わ……悪い…………」


 しょぼんとしながら、エルは腰を下ろした。それを見てから、私もサーシャに申し訳なさを覚えつつも、椅子に座った。厨房からは、クレジェットがこちらを気にして顔を覗かせていた。ここまで来ないのは、事を大きくしたくないからか。別に理由があるのか。

 サーシャが手早くガラス片を片付け終えるまで、私とエルは食事を再開させなかった。気まずさを感じているのだろう。エルはこちらに視線すら送ってくれない。困ったものだと私は軽く息を吐いた。

 サーシャがカウンターへ戻ったのを確認してから、私はエルにゆっくりと声を掛けた。


「エル。お水でも飲んで、少し落ち着いてください」

「…………ごめん。なんか、俺……ひとりで熱くなって」

「いいんです。記憶を失くした兄を前にしていては、疲れてしまうのも無理はありませんから」

「……でも」

「うーん…………まぁ、あれです」


 エルは何かを期待するワンコのような顔つきで、私の言葉を待っている。少しは落ち着いたのかもしれないと手応えを感じながら、言葉を続ける。


「あとで、髪飾りを見に行きたいです」

「…………は?」


 間の抜けた声が、エルから発せられた。その言葉をきっかけに、サーっと光が降り注いで来た。光を隠していた雲が流れて行ったのだろう。再度光が窓から中へ差し込んでくると、店内も明るくなった。陽の影響力は偉大なものだ。いにしえの時代から、光を求め拝む文明が続くことにも頷ける。どこの世界、どこに時代でも、光とは永遠に求められる世界だった。

 辺りが光に包まれると、照らされたエルの顔色もよく見える。浮き沈みが激しいのは心配だが、生きていれば誰だってマイナスな気持ちになることはある。今は深く考えず、私は目の前に居るエルに掛けたい言葉を続ける。


「昨日、レキスタントグラフを発動する前に、エルは前髪を上げていたでしょう? あれ、可愛いと思いまして。何か、ヘアゴムやクリップがあれば、それを買いたいと思いまして」

「か、可愛いとか……そういう恥ずかしいことを言うなってば!」


 また、顔が赤く染まった。エルのその表情にホッとする自分を感じながら、口元には笑みが浮かんだ。エルには笑顔が似合う。怒ったり、泣いたりした顔よりも、笑顔が似合うと心底思った。この笑顔があるから、知らない世界でも生きていけると思ったのかもしれない。


 魔王でよかったと思える要素。

 一番は、エルが魔王の弟であったことだ。


「ヘアクリップでパチンと留めるのも、アリだと思いません?」

「俺は男だぞ! そんな楽しみ方なんて知らない!」

「男も女も関係ないと思いますけどね。似合う、似合わないに性別は関係ありませんし。それに、似合う、似合わないの前に好きか嫌いかもありますね」

「……男がヘアクリップしていてもいいって?」

「してはいけないという理由は、何処にもないですよ」


 私が微笑むと、エルはやや照れた様子で口元が綻びた。感情が顔に出やすいところは、鈍い私にはありがたいところだ。あまりにもエルを傷つけるような言動を続けていては、エルが気の毒だ。助けてもらえるのが当たり前と思うのは、間違っている。エルにだって、エルの感情があり考えがあって当然なのだ。その考えや意志を尊重したい。

 ヘアクリップの件は、きっとエルにとってプラスだったと捉えてまず間違いないだろう。エルは見た目が可愛らしいため、きっとヘアクリップをしたら可愛いと思う。可愛いだろうし、似合うと私は素直に思う。そして、エルも今までに気にはなっていたのではないだろうか。エルが興味がありそうなものに触れられたのは私にとってラッキーな事案だった。話の流れを一気に変えられた。

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