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「久しぶりにリーバー来たけど、やっぱ美味いなぁ!」
嬉しそうに食べ物を口へほおばる様子に癒されながら、私もお米を手で摘まんで口に運んだ。バターベースでまろやかな味わい。その中に、ちょっとした辛味が残る味付けだった。唐辛子のようなピリっとした辛さだが、赤い実が入っている様には見えない。他に辛味の素になっているようなものは今のところ分からない。調味料のペーストか粉の中に混じっている可能性もある。
「美味しいですね」
「だろ? 魔王は特に、レンデンの焼き飯が好きだったからなぁ。ピリ辛いのが好きだって言ってたぜ」
「確かに、癖になる辛さがありますね」
「シャーラの親父さん。ほんっと料理上手だよなぁ。そりゃあ、料理人なんだから、それが当たり前かもしれないけどさ」
「エルのつくってくれるごはんも美味しいですよ」
「照れるからやめろ」
パンを口元に運び、照れ隠しでもしているのか。しかし、パンだけでは顔の全てを隠すことは出来ない。赤く染まった頬は、可愛らしく熟れた桃のようだ。もともとが色白のため、紅潮するとその色はしっかりと見えてしまう。私は微笑ましいと思いながらにこりと笑った。あまり笑っているとエルに怒られそうなので、ほどほどのところでコホンと咳払いをして、口元を閉じた。落ち着かせてから、再度焼き飯に手を伸ばす。
「このあとは、どうする?」
「この町をぶらぶらしてみたいですね。他にも魔族の方は住んでいるんでしょう?」
「そりゃあ、魔族の町だからな」
「意識調査もしてみたいですし。多くの魔族の方と接触したいです」
「うーん…………」
「どうしましたか?」
歯切れが悪く、エルはどこか戸惑った様子を見せた。なぜそうなるのか、私には察することが出来なかったので、早々に聞いてみる。考えて答えが見えそうならまだしも、まるで見当がつかないのだから、聞いた方が正解だろう。聞かれたエルは、まだ悩んでいるようにみえる。何か、問題でもあるのか。私は答えが気になった。しかし嫌がるところを見ては、答えを求める行為が悪に見えてしまう。私は、それを押し通すべきではないと思いなおし、訂正の言葉を入れようとした。それと同時。エルが言葉をすべらせた。
「あまり、他の魔族と交流するのは勧められない」
「え?」
思ってもみなかった言葉を前に、私はぽつりと間の抜けた声が出てしまった。一文字の言葉を発してから、私はそのままの口の形をキープし、ぽかんとする。目は若干見開き、エルの顔を捉えていた。視線がぶつかった状態で、エルは口を閉じた。食事に手を伸ばしていた手もひっこめ、テーブルの上につける。
外からの光が陰って来る。雲が多くなって来たのか。店内の光量が減ってしまった。店だというのに電気はない。自然光頼りなのは環境に優しいものだ。
「魔族の中には、魔王をよく思っていない奴もいる。自身が魔王に成りあがってやろうと野心を持つ魔族がいるんだ」
「魔王って、そんなにもなりたがるような職業なんですか?」
「職業じゃないだろ。言うなら……位?」
「位、ですか。そういうものは、要らないんですけどね……」
「しっ!!」
エルは身を乗り出して、私の口を封じようと右手の人差し指を立て、唇に押し当てた。咄嗟のことで私は再度目を丸くする。今度は口を閉じた状態で驚いた。エルの表情は先ほどまでのほのぼのした顔つきから、険しく緊張感が走るものへと変わった。その緊張感が指先を通じて伝わり、私はごくりと息を呑む。
「どこで誰が聞き耳立てているか分からないんだ。特にここはミスティーユ。魔族が一番在住している町なんだ」
「エル」
「俺が間違っていたのか? 魔王を連れて来るべきじゃなかったのか? 記憶がない魔王には、まだ荷が…………」
「エル!」
私の声が伝わっていないように見えたので、私は声を大きく、エルの名を呼んだ。今度はエルにも聞こえたらしい。私は前のめりになっていたエルの頭を優しく撫で、一度頷いた。『落ち着いて』という意味が込められている。
「エルには何か、考えがあったんですね? 魔族の町へ私を案内すること。ですが、その判断の前には、難しい現状もある。そうですね?」
「…………完全に安全地帯なんていうものは、魔王にはないんだ。戦争の中心に居るのだって魔王。世界の中心に居るのも魔王。魔王が居てこその世界」
「でもそれは、魔族にとっての世界でしょう? 人間族は、魔族ではないものを崇拝しているはずですし」
ガコン!!!
「……」
エルが勢いよく立ち上がると同時、両手をテーブルに振り下ろした。テーブルの上に乗っていた皿やコップが揺れた。コップのひとつはその勢いで吹っ飛び、テーブルの外へ落ちていく。
バリリン!!!
ガラス製で出来ていたコップは床に叩きつけられると3つに割れた。粉々になった部分もあり、ガラス片が飛び散る。
「エルディーヌ! 何をしているの!?」
慌ててシャーラが塵取りとホウキを持って走って来た。きりっと眉を吊り上げ、厳しい目線をエルに向ける。エルはそれに怯むことはなく、厳しい表情を保っている。ここまで怒りを露わにしているエルを見るのは、初めてだ。レキスタントグラフを前にしたエルも、窓の向こうにいる魔族に怒りを露見させていたが……。エルにとって、『魔王』がとても存在感と存在価値が高いことはよく分かる。私は、下手に宥めない方がいいと判断し、ただ黙った。エルからの言葉がきっとあるはずだ。私はそれを聞かなければならない。




