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「いろんなものに興味を示すよなぁー……魔王」

「過去の私は、そうでもなかったんですか?」

「どちらかといえば、何においても無関心だったな」

「記憶が欠けている分、それを満たしたいと思っているのかもしれませんね」

「そういうものなのか?」

「えぇ。欠けたままでは、不安になるでしょう?」


 エルは両手で頬杖をつきながら、うーん……と考えこんだ。しばしの間、それを続ける。それを見ながら、私は椅子に腰を下ろす。エルの答えを待った。


「欠けたことがないから、分からないなぁ」

「なるほど」


 テーブルは焦げ茶色の木材で、手滑りがいいようにやすり掛けされていた。角も丸く削られているため、子どもにも優しい。

 窓の外に視線を送る。やはり、誰かが歩いているなど、賑やかなところではない。太陽から逃げるようになった文明のため、日中は出歩かないようにしているのかもしれない。黒のローブで身を隠しても、陽は降り注ぐからだ。

 魔族と人間が争う根源が、『太陽信仰』であったとしたら、争いのない平和が訪れるのは難しいといえる。信仰心というものは偉大で、小さな生活ひとつ、ひとつの中に散りばめられているのだ。日々の生活と結びつけられている願いを断ち切ることは、不可能に近い。今は、魔族が『光』を諦めているため、そこまでの大戦争には至っていないだけであり、『光』を求めれば、直ぐにでも争いは勃発する。


「魔王?」

「…………」

「おい、魔王?」

「あ、はい?」


 不安げな表情で、エルは私の顔を覗き込んでいた。その視線に気づいて、焦点をエルに合わせた。ついぼんやりと考え込んでしまい、焦点がまとまっていなかった。


「具合でも悪いのか? なんか、表情が暗いぞ?」

「具合は大丈夫ですよ。ただ、少し……戦争放棄というものは、難しいなと思いましてね」

「お、応戦することにしたのか?」

「まさか。それはないですよ」


 あっさり否定すると、エルは長い溜息を吐いた。しかし、厭味を含めているような感じではない。『やれやれ』と、大人が子どもの嫌々を宥めるような場面に似ている。この世界の生き方は、エルの方が詳しいのだ。私が異端児的存在であることは、把握しておかなければならない事実だ。全ての不都合に目を伏せて、先を急ぐことは出来ない。本当に平和主義を目指すならば、不都合な材料も取り込まなければならない。魔族の要望を聞きつつ、人間族の要望も聞きつつ。折り合いをつけながら生きることが大事だ。


 トントントン……。

ジュワ~ジュワ~……。


 カウンター奥の厨房からは、物を炒める音と、何かを刻む包丁の音が聞こえて来る。同時に、香ばしい香りが店内に届く。肉を焼いている匂いもするし、甘い香りもしてくる。どんな料理が出て来るのかと、私は楽しみだった。

 喉が渇いてきたので、シャーラが出してくれたお冷を口にした。それを一口飲むと、私は目を見開いた。


「これは、ミントの味がしますね」

「シャーラのこだわりだな」

「美味しいです」


 口の中から喉の奥まですーっとして、気持ちがいい。乾燥したこの地において、この爽快感はたまらない。サッパリとした喉越しで、いくらでも飲めそうだ。お冷はお替わりもらえるのだろうか。テーブルに容器はない。


「シャーラ!」

「はい!」


 厨房からシェフのクレジェットの声がした。呼ばれたシャーラは厨房の前にあるカウンターへ足を運ぶ。そこから料理を乗せた皿を受け取り、お盆を持ってこちらに運んでくる。

 テーブルの隣に来ると、まずは私の顔を見て一礼した。


「魔王陛下。こちら、レンデンの焼き飯になります」

「ありがとう。とてもいい香りだね。美味しそうだ」

「ありがとうございます!」


 シャーラは嬉しそうにお盆で顔を隠した。照れた顔も可愛らしい。続いてエルにも一礼する。


「こちらはジェイビーのから揚げです。それと、パンを3つ」

「サンキュー」

「それでは、どうぞごゆっくりと……また、何かありましたらお声掛けください」

「シャーラさん」

「は、はい!」


 私に呼び止められると、シャーラはビクッと身体を強張らせた。緊張させたままで申し訳ない気持ちのまま、私はふと笑みを浮かべた。目を細め、シャーラの顔をよく見る。


「お冷。美味しかったです。ミント味なんて、シャレていますね」

「あ、ありがとうございます! 魔王陛下のお口に合いましたか?」

「とても美味しかったです。あとからお替わりは出来ますか?」

「もちろんです!」

「ありがとうございます」


 シャーラはぺこりと頭を下げた。そのまま、若干駆け足ぎみでカウンターへ戻って行く。その様子を見送ってから、私はエルと向き合った。料理は、焼き飯というだけあって、チャーハンに似ている。具材はなんだろうか。魚の切り身のようなものが入っている。野菜も何種類か。味付けはふんわりとバターの香りがする。エルの前に置かれたジェイビーのから揚げは、鳥の姿焼きのようなものだ。日本人がよく口にするから揚げと、さほど変わりないように見られる。味つけはどうか分からない。パンは、3つとも違う種類のようだ。ふんわりと柔らかそうな白いパン。オレンジ色の人参ペーストのような丸パン。そして、フランスパンのような固めのパンが1つ。米文化もあれば、パン文化もある。和洋折衷のようだ。私はエルと共に手を合わせた。


「いただきます」

「いっただっきまーす」


 そういえば、お店でも箸もスプーンも用意されなかった。手掴みで食べるのが習わしのようだ。箸やスプーンがあれば便利だとは思うが、無いならないで、食べれないことはない。その土地の文化に合わせて自分が変わっていく努力は大切だ。それに、私はこの世界で生きると決めたのだ。自分の横柄に周りを付き合わせてばかりではいけない。

 米に手を伸ばすと、まだ熱かった。それはそうだろう。出来立てを持ってきてくれているのだ。手を拭くタオルは置いてあるので、汚れたら拭いていくスタイルのようだ。エルは慣れていて、熱々の鳥を右手で持ち、豪快にかじりついた。カリッとした皮で、中はジューシー。肉汁がこぼれて来る。香りもとてもよく、ブラックペッパーと肉が混ぜ合わせられたような匂いがする。


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