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「私は、魔王かもしれません。けれども、恐怖政治や絶対君主制などを貫きたいのではないんです」

「魔王陛下がそのお力を存分に発揮されましたら、誰も敵うものなどおりません」

「私にどのような力があるのか、今のところは記憶にないんです。ただ、もし強大な力があったとしても、私はその力を誇示したいとは思いません」

「まーた、始まったなぁ。魔王の平和主義抗弁」


 エルのツッコミが奥から聞こえる。それを聞き流し、私はシャーラに語り掛けるように続ける。シャーラのこの様子を見ている限り、彼女は魔王を恐れていると受け取ってまず間違いないだろう。それは、魔王が強大な力を持っているからか。それとも、記憶を失くす前の私は、非常に『冷淡』であり『冷徹』であったことが要因だろうか。変に話をして、窮地に立たされる可能性があると思っているのかもしれない。いずれにせよ、魔王がよく思われていないことは確実。

 きっとシャーラ以外の魔族も、私……というよりは『魔王』を、恐れている可能性が高い。昨日のレキスタントグラフの向こう側に居た魔族たちは、好戦的に見えたが、それは私の姿がしっかりと見えていなかったからという線もある。実際に私を目の当たりにした場合、彼らも脅威に晒されていると考えるのではないか。


 そんなものは、望まない。

 もっと優しく、もっと自由な世界。

 それを実現させるには、魔族の意思を戦争から平和へ向けたい。


「シャーラさん。私はまだ、この世界で目を覚ましてから日も経っていなくて。以前の私を知りたい気持ちもありますが、どうやら私はあまり褒められた性格ではなかったようですね」

「魔王陛下! そのようなことはありません!」

「力で制圧することに、何の意味も価値もありません。私はそう思います」

「ですが、魔王陛下が強大なる力をお持ちだから、私たちは安全に暮らせているんです」

(あぁ、彼女もまた……力の下での平和を望むんですね…………)


 魔族であれ、魔族でなかったとしても。力があるからこそ、上に立ち。その力のもとで安息の地を求める傾向がある。確かに、力があればそれによって守られる存在が出て来る。しかし、その範囲の外に出た存在は、逆に攻撃を受けることに繋がってしまう。それならば、『力』なんて無い方がいいという事が言える。抜きんでた力を封印してしまえば、他者からは敢えて敵視されることもなく、脅威と思うことも無くなる。世界中から『力』を失くしてしまえば、そもそも争う種が摘まれる。誰もが力の放棄を望めば、世界平和はぐっと近づく。

 最初に力の放棄をするものが、鍵となるだろう。その役を、私は喜んで買って出たい。誰かがその一歩を踏み出さなければ、誰も最初の一歩が出ない。ひとりが外へ踏み込めば、積み木崩しのようにガラガラと外へ溢れだすかもしれない。

 この店も、屋根はレンガ調で造られていたが、壁は木造だった。どの家も木造建てのところを見ると、粘土質の材料がこの辺にはないのかもしれない。屋根も、実際にはレンガではない可能性がある。


「シャーラ。誰と喋っているんだい?」

「お父さん! あの、魔王陛下が…………」

「魔王陛下だって!?」


 厨房から恰幅の良い男が出てきた。緑の髪がとても短く、やや薄毛。細くて垂れ目の顔つきは穏やかだった。シェフといえば『白』の服装の印象が強いが、やはり魔族はそういう風習はないようだ。黒の長袖長ズボンのスタイルは、目新しい。私はつい、シェフの姿を上から下からとしっかり見てしまった。その視線に変な意味を捉えたのか。シェフは顔を左右に振った。どうしたのかと、私は顔を見上げる。身長は私と同じくらい。180センチ前後だ。


 もともとは太陽信仰だった魔族。

人間族と光を求めて戦い負けた、魔族。

それ以来、光を浴び無いように黒の服で肌を光から守っている。


「魔王陛下、ワシたちは謀反など考えておりませんよ!」

「え? 誰もそんなこと、考えていませんよ。あの、身構えなくて大丈夫です」

「し、しかし……突然魔王陛下がいらっしゃっては、驚かずにはいられないってもんです」

「以前にも、私はこのお店に来ているようですが……何か、されたんでしょうか?」

「とんでもない! 静かに食べられ、静かに帰っていらっしゃいましたよ」

「そうですか」


 私は『ふむ』と頷くと、右手の親指と人差し指を曲げて顎に当てた。一応、魔族に対して攻撃はしたことがないのか。魔族絶対主義のような思念があったのかもしれない。

 私はまだ、人間族といえばヨウ国軍としか接触が無い。彼らは好戦的には見えなかった。現に、話でその場を凌ぐことには成功している。言語が統一されているということは、この世界に言葉の壁はないということだ。それは大きい。言葉が伝わるならば、誠意をもって応対すれば、分かりあえると私は信じたい。


「あ、申し遅れました。私はイチルヤフリート・ヤイチといいます」

「え? ……えぇ、存じてますよ。魔王陛下」

「あちらに居るのは、エル。私の弟です」

「存じてます、けど……」


 シェフは、突然私が何を自己紹介をはじめたのかと、目をぱちぱちさせていた。私はその様子を見て、口角を上げた。


「シェフ。あなたのお名前は?」

「ワシは、クレジェット・リーバーです」

「喫茶店リーバーというのは、クレジェットさんのお名前から付けていたんですね」

「そうですが。どうされましたか?」

「素敵な喫茶店ですし。シェフのお名前を、知っておきたかったんです」

「ワシの名前なんて、今まで聞かれたことなどなかったのですが……」

「気まぐれですみません」


 私は軽く頭を下げた。そういえば、クレジェットの頭にも黒い角はあるが、私の角よりも小さい。大人になれば大きくなるもの……という訳では無いようだ。個人差があるといえる。角の大きさで魔力の大きさを表しているのか、はたまた単なる個人差であるのかは分からない。


「調理の途中、お邪魔してしまいすみません。楽しみにしていますね」

「それはえぇ、もちろん! 精一杯の料理でおもてなしさせていだきますゆえ!」

「お願いします」


 再度頭を下げてから、私はシャーラの方にも顔を向けた。にこりと微笑み、小声で『ありがとう』を告げる。それから、エルの待つ一番奥のテーブルまで戻った。


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