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「はい、魔王。何たべる?」


 私たちはドアから一番離れた奥まったテーブル席に向かい合わせで座った。四人掛けのテーブル。エルは手慣れた手つきでメニュー表を取り出して開いた。メニュー表はテーブルの上ではなく、木材の間がくり抜いてあり、そこに差し込まれていた。知らないひとだと、見つけられないのではないか。私はひょいと、メニュー表に目を向けた。やはり、見たことのない文字が並んでいる。それなのに、『読める』ことが不思議で仕方ない。日本人が英語を見て、読解している状況に近い。今回の場合は、単語ひとつひとつを読むことが出来ないのだが、それを『言葉』として認識できているところに違いはある。


「私は以前も、この店にエルと来ているんですか?」

「あぁ、よく来ていたぜ?」

「それなら、シャーラさんは私と初対面ではないのですね?」

「もちろん。まぁ、お前が長らく不在だったから、久しぶりではあるけどな」

「そうですか……」


 ちらりと後ろを振り返れば、シャーラがお冷の準備をしている様子が見えた。彼女に見覚えはなかった。しかし、どことなく。このお店の雰囲気は覚えているような気もした。こういった喫茶店は、日本にも多かったため、どこかと類似した店との記憶が混同しているのかもしれない。


「で、どれにする?」

「えぇと……これが、気になります」

「レンデンの焼き飯だな…………へっ、だと思った!」

「え?」

「お前、この店で頼むものは9割方それだったからさ」

「…………それは、不思議ですね」


 私はくすっと笑った。記憶になくとも、身体や感覚はやはり『イチルヤフリート・ヤイチ』なのかもしれない。この身体を構成する物質のすべてが、この世界を記憶している。日本のことも引き継いでいるが、私はこの世界にも確かに存在していたことの裏付けだと実感した。言葉が読み取れるだけでもそうだと思うのだが、こうした好みの一致もそうだと言える。


 何週目の人生を歩んでいるのかは分からない。

 しかし私は、魔王としてこの地に戻って来た。

 そこに、絶対的な『意味』と『価値』を見出したい。


「シャーラ。注文頼む!」

「はい、お願いします」


 お冷がテーブルに並べられてから、シャーラは伝票に注文を書き綴った。


「レンデンの焼き飯がおひとつ。ジェイビーのから揚げとパンが3つ。以上でよろしいですか?」

「お願いします」

「は、はい! お待ちください」


 ぺこりと頭を下げると、シャーラは慌てて厨房の中へ駈け込んでいった。そういえば、表に出ている店員はシャーラだけのようだが、厨房には何人控えているのだろう。彼女は、家族でこの店を経営しているのだろうか。シャーラはカウンター内から奥にあるおそらく厨房だと思われるところに姿を消した。その様子を眼で追ってから、私はエルに向き合った。


「エル。厨房には料理長が居るんですか?」

「料理長? まぁ、そうだな。シャーラの親父さんの店だから、中に居るのは親父さんだけだぜ」

「そうでしたか。ご家族は他には……?」

「ジクヌフ国との戦禍で、母親は殺されてる」

「っ…………」


 私は思わず言葉を失くした。実際に、戦争の最中で犠牲となった人を前にするのは、この世界に来ては初めてだ。日本に居たときだって、身近には戦争経験者はもうほとんどおらず。平和ボケの中でゆるく生きていた私にとって、このエルの言葉は衝撃的だった。

 ジクヌフ国の戦いと言えば、老魔王が亡くなった戦争だ。そこで魔王の代替わりがあり、老魔王から私、イチルヤフリート・ヤイチへと魔王の権威が移ったのだ。

 私は手を合わせ、静かに目を閉じた。そこで、心の中で経をあげる。せめて、静かに眠れるようにと故人を偲ぶ。その様子を、エルは黙って見守っていた。


「シャーラさん」

「あ、はい!」


 私は席を立ち、カウンター内に居たシャーラのもとへ歩み寄った。エルは席についたまま、遠巻きに私を見ている。それを確認してから、シャーラに言葉を続けた。


「もしお時間がありそうでしたら、お父さんに御挨拶をしたいのですが……料理長のご都合、どのようでしょうか?」

「父ですか!? あ、あの……挨拶とは…………私たち、何か気に障ることでも……」

「いえいえ、違います。私はただ、お母さんのことを先ほどエルから聞きました。それで……黙って見過ごすことが出来なくて」

「エルディーヌは、母とも仲が良かったので……ですが、魔王陛下。魔王陛下から直々に父へ言葉があるだなんて…………」


 シャーラが私に向けて、少なからずの脅威を抱いていることは薄々勘付いてはいた。エルとは仲良しでも、魔王とは仲が良くなかったのか。いや、『冷淡』と言われていた魔王だ。誰に対しても威圧的態度を取っていたのかもしれない。

 しかし、エルはそこまで変貌した今の私を前にしても、動揺していない。少しずつ記憶を取り戻すにつれて、魔王に覚醒すると信じているのだろうか。それとも、どんな中身であれ『魔王』という器が戻って来たところで、良しとしたのかもしれない。エルも、実際には残念がっているところが多いと思う。

 私は、エルに対して誠意を尽くしたと思っている。理由がどうあれ、泉で動揺していた私を救い出してくれたのは、エルだ。そのまま戦地に向かわせたが、それも結果オーライ。ヨウ国軍隊と向き合うことで、私は自身が『魔王』であるかもしれないと思いながらも、意志を示せた。日本経由の夢幻島行列車に乗った私が誇れるものは、断固たる『平和主義』である。ただ、その平和主義を貫くゆえに、傷つくものがあることも知らなくてはいけない。

 ジクヌフ国とは停戦状態だと聞く。それでも、いつ火種が爆発するかは分からない。それに、てっきり人間族側の被害しか考えなかったが、老魔王でさえ致命傷を負い命が絶えているのだ。この世界の魔族が血を流すことも、許してはおけない。


 どの命も平等であり、守られるべき灯り。

 私は貪欲に、すべての命の尊重と平和を求めに行く。

 その意志を、再度固めることとなる。


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