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 家に着く頃には霧雨もすっかり止み、順々に東の空から昇る太陽もハッキリとしてきた。濡れた服を脱ぎ、洗濯をしてから物干しにぶら下げる。それから町へ出かければいいと、エルは提案してくれた。町までの距離も分からないため、私はその提案に賛成する。エルは、ひとりで川に洗濯へしに行くと言ったが、私もその後に続いた。


「一緒に洗濯に来たって、洗濯板は1枚しかないんだぞ?」

「これもまた、先々代あたりの魔王の手作りですか?」

「もっと古いかもしれないな」

「そうなんですか?」


 小さな桟橋に大きな体を座らせて、私はエルの顔を見ていた。手慣れた手つきで洗濯板に黒のローブをこすりつける。洗剤も何も使わない為、汚れがついてしまったら取れないかもしれない。真っ黒の布地のため、汚れても目立たないとは思うが、綺麗好きなエルは気にしてしまうかもしれない。

 エルの姿を見ながら、私は先ほどの少女のことを思いだしていた。エルくらいの年恰好。ただし、性別は女性。物静かなところも、エルとは違うがそれでも、どことなく空気は似ている気がする。しかし、エルが指摘するように、ぬかるんだ地面にその少女の足跡は残っていなかった。もしあそこに人がいたならば、絶対に足跡はついていたはずだった。それがないということは、そもそも存在していなかったということの裏付けになってしまう。私が『見た』と言っても、それを裏付ける証拠はどこにもない。


(夢? 幻……だったんでしょうか。でも、夢の中で語り掛けて来る女性と、一致する声でしたね……)


 私を『弥一』としても認識している少女。

この先きっと、また会えるような気がする。

不思議と私は、そう考えを結ぶことになった。


「よーし、と。出来たぞ、魔王」

「ありがとうございます」


 洗濯が終わり、エルは私のローブを手に取った。代わりに私は、エルのローブを手に持つ。長身の私のローブを抱え込んでいるエルは、背丈が150センチほど。180センチほどある私のローブを抱え込むには、小さい。


「エル。私が持ちましょうか?」

「いいや、これは俺が持つ。俺の仕事だ」

「……ですよね。そう言うと思っていました」

「じゃあ聞くなよ」


 エルはケラケラと笑った。

 朝、エルを起こさないように外へ出たことを、怒っていたし動揺していた様子を見せていたエルだったが、そのことは引きずっていない様子だ。内心で少し、ホッとする。ここまでよくしてくれる弟であるエルを、いつまでも悲しませるのは望まない。今後は、外へ出るときには、エルに相談してからにしようと心に決めた。


「さ、帰るぜ」

「はい」


 家まで向かって10分から15分。到着すると、裏に回って物干しに直接ローブを掛ける。やはり、ハンガーがあった方がいいのではないかと再認識しながら、私はエルが持っていた私のローブにも手を伸ばした。


「掛けますよ」

「自分でやれる!」


 どこか意地になった様子で、エルはローブを物干しに投げるような要領で、引っ掛けた。そのあと、垂れ加減を調節する。この頃には、太陽も随分と南に向かって昇っていた。燦燦と照る陽によって、温かい。黒のローブを着ている為、太陽からの熱を吸収していた。これはなかなか考えたものであり、冬場の寒さを凌ぐための工夫のひとつとして見て取れた。


「さーってと。そろそろ町に向かうか」

「遠いんですか?」

「歩いていくとそれなりにな。でも、中継点があるから、魔法陣をくぐっていく」

「便利ですね。そうすると、早くたどり着けるんですか?」

「そういうこと」


 魔族世界の文明は、そこまで発達したものではない。日本でいえば『昭和』の戦後という辺りだろうか。しかし、日本にはない『魔法陣』というものを使って、彼らは独自の文化と文明を築いていた。

 この世界にたどり着いてから数日間。不思議に思うことがあった。魔法陣など、見たこともなければ、現実で聞いたこともなかった世界が展開されているのに、そこまでの驚いを覚えないというところだ。どこか、懐かしさすら感じる私は、やはりここから魂が生まれたのかもしれない。もともと居た世界のため、私は心底驚くことが今のところはないと言えそうだ。

 今後、驚きを見せる展開もあるかもしれない。現に、今朝がたの少女がいい例だ。それに、昨晩から何者かに監視されているような視線を感じている。今は、気配をこちらに向けている程度であり、危害を加えてこようとする危険な視線にはなっていない様子のため、放っておいてある。今後、その視線が一線を越えて来るようになった場合。私は、エルを守らなければならない。自分の身がどうなろうとも、戦争の火種になってはいけない。どう対応するか、どの選択肢を選ぶかが非常に重要になって来るだろう。


「魔王、こっちこっち」

「こちらは、レキスタントグラフのあった岩場ですよね?」

「そうだぞ。基本的にはこの岩場を使う。幾つもの仕掛けが施してあるからな」

「レキスタントグラフではなく、別の魔法陣を発動させるんですか?」

「そういうこと」


 エルは岩場に手のひらをつけた。一番大きな岩で、2メートルほどの高さか。その岩には、赤い文字が浮かび上がった。魔族の扱う力は『赤』なのか。手慣れた手つきでエルは魔法陣を展開していく。五芒星が基本なのか。5つの赤い星が点灯すると、辺りから光が消える。真っ暗な世界に赤い星だけが輝く光景は、とても美しく心が落ち着いた。


「レッカイ」


 それが、呪文なのか。エルがそう呟くと、一気に周りが明るくなった。拓けた土地に様変わり。ちょっと先には、町の入口らしき看板があった。興味がそそられ、私は口元に笑みがこぼれる。


「はい。この先が魔族の町。“ミスティーユ”だ」

「ミスティーユ。どれくらいの規模なんですか?」

「なぁーに」


 エルは得意気に笑って私の顔を見た。自信たっぷりに見えるその表情はとても誇らしげに見えて可愛らしい。私も目を細めた。


「目的地はすぐそこなんだ。その眼で確かめてくれよ」

「わかりました」


 町までざっと500メートルくらいか。私とエルはふたりで足並みそろえて歩き出した。砂が乾いている。この辺りは、昨晩から朝方に掛けて雨も降っていなかったのか。乾燥地帯のようで、ちょっとだけ私たちの家がある場所とは自然環境も違っているように見える。さらさらとした砂がブーツで踏み込むたびにふわりと舞った。


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