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「弥一であり、ヤイチであることを、あなたは知っているんですね」

「わたしのことを、お前は覚えていないようだな」

「面識があるんですか?」


 少女はふんと鼻で嗤った。得意気なその様子から、高圧的態度を受け取る。私のことを、敵視でもしているのだろうか。その割には、私のことを古くから知っている様子。過去に私がヤイチとしてこの夢幻島に居たことも、日本で弥一として生きていたことも、再び戻って来たことも、少女は把握していた。それだけではなく、私は少女のことを知っているらしい。記憶の片隅に、このような容姿をした少女が映りこむことは無い。これだけ容姿が際立った少女ならば、一度みれば忘れないと思うのだが……どこで知ったのか。それとも、少女は嘘を吐いてるのか?

 いや、その可能性は低いだろう。『嘘』をついておきながら、私と面識があるようなことを散りばめても何の得にもならない。それに、嘘をついている顔には見えなかった。私を笑いものにしている様子はない。


「わたしがこの姿だと、分からないのか。それは仕方がないな」

「過去、あなたは別の姿で私と会っていたのですか?」

「……残念」

「え?」


 少女は不敵な笑みを浮かべた。その笑みは、少女には似つかわしくない大人びた顔。唇の両端を均等に釣り上げ、目を細めた。


「時間切れ」

「時間?」

「魔王!」


 後ろからは、聞きなれたアルトに近い高音の声が響く。それにつられて私は背後を振り返った。そこには、慌てて駆け寄って来るエルの姿がある。黒のローブを泥にまみれさえながら、私の目の前まで来た。息を切らして、ぜぇーはぁー……苦しそうだ。


「どうしたんですか? エル。慌てた様子で……」

「どうしたって、お前が家に居ないから!! 俺、また置いていかれたのかと思って…………馬鹿野郎!!」

「あっ……すみません。少しだけ外を見て回りたくて。まだ、エルは寝ていましたし。ちょっとだけの散歩のつもりでした」

「声くらいかけろよ。言ってくれたら俺だって起きたのに!」


 エルが怒るのも尤もな話だ。つい数時間前、エルを孤独にさせてしまったことを後悔したというのに、まるで私は学習してなかった。申し開きもできず、頭を下げた。それで許されるとは、思っていない。


「すみません。そうですね……ちょっとした散歩のつもりでしたが、急に消えてしまっては、不安になりますよね。反省します」

「二度とするな!」

「わかりました」

「…………ったく」


 悪態をつくエルは、ふと私の後ろに視線を配った。その先に居る少女が気になったのだろう。私は振り返って少女のことを話そうとした……が、後ろを向いた瞬間。私は戸惑いの声をあげることになる。


「……え?」


 そこには、誰の姿もなかった。

 少女は忽然と姿を消した。


「どうした?」

「つい、今まで。ここに少女が居たんですよ」

「少女? ……気のせいだろ?」

「気のせいではないんです。本当に……」

「だって、見てみろよ」


 エルは私の後ろ、そのかかとの先を指さした。つられて私もそこに視線を向ける。濡れた地面がそこにはあった。


「足跡だって、ついてないぜ?」

「…………本当、ですね」


 私がここまで歩いてきた足跡。そして、エルがつけた足跡は残っているのに、少女が来た方向と、私の目の前には足跡らしきものは全くなかった。濡れた土の上を歩いたならば、必ず足跡は残るはずである。それも、今の今までそこに居たはずだった。あっという間に足跡が慣らされた訳ではない。


 私は、夢でも見ていたのか……?


「まったく。寝ぼけてたのか? 危ないから、フラフラするなよ」

「確かに、居たはずなんですよ。黒い髪で、赤い眼をした少女が……知りませんか?」

「は?」


 エルは目を見開いてぽかんと口をあけた。魔の抜けた顔からして、少女には見覚えが無いのだろうと察しがついた。そのあと、エルは右手をひらひらとさせ笑った。


「そんな種族、居ないってば。夢、確定だな」

「黒い髪で赤い眼……居ないんですか?」

「いない、いない。赤い眼ってことは魔族みたいだけど、髪が黒なんて例は聞いたことが無い」

「そうですか……」

「出かけるにはまだ朝が早い。霧雨も止んだみたいだし、着替えてから温まろう」

「えぇ。そうですね」


 夢の中で私に語り掛けて来る声と、少女の声が完全に一致していたのに、その現実を残さないまま消えてしまうことなどあり得る話なのか。足跡がないとなると、本当に夢だったのかと疑ってしまうところはある。しかし、少女は夢の話も把握し、私自身のことも把握していた。完全な部外者ではないはずの少女に、赤い眼の特徴もある。魔族の誰かなら、少女のことを把握している可能性もある。私は、少女のことを記憶し、探してみようと決めた。きっとそれは、私がこの世界へ誘われたことと関係性がある。私は、この世界でもう一度生きることを赦された意味を知りたかった。

 後ろ髪を惹かれる想いのまま、家に向かってエルと歩き出す。エルは、血相変えて走って来たときと違い、少しは落ち着いたようだ。ほっとした顔で私の前を先導する。


「まったく。目覚めが悪くて仕方ない。あんまり肝を冷やすような事するなよな」

「すみません。すぐに帰るつもりでいたんですよ」

「でも、帰って来てないんなら、意味ないだろ?」

「そうですね。返す言葉もありません……」


 しょんぼりと頭を下げながら、私はとぼとぼと帰り路を歩く。ぬかるんだ土に、しっかりと足跡を残していく。エルも、靴は黒色の皮っぽいブーツを履いていた。若干の厚底のブーツの中には、私のものと同じで金属が仕込まれているのだろうか。防御力にも長け、攻撃力にも長けていそうなこの靴は、実用的というよりは戦闘的だ。こんなものを履いていたら、人間たちは変な勘ぐりをしてしまうかもしれない。


「……なぁ、魔王?」

「なんですか?」


 エルはふと、足を止めた。それにつられて私も足を止める。一定の間隔を保った状態で、私たちは向き合った。

 エルはふーっと息を吐いてから、どこか複雑そうな表情を浮かべる。眉をやや寄せ、目を細める。口元には笑みがない。


「……もし、また居なくなろうとしていたなら。止めて、悪かった」

「エル……」

「次はもう、追わないから」

「……」


 私は首を左右に振った。そして、一歩前に進むとエルの身体を優しく抱きしめた。突然の距離の縮まり方を前にして、エルは若干慌てた様子をみせる。恥ずかしそうにもごもごと動いていた。構わず私は、エルのことを抱きしめ両手で背中を後ろ手に撫でてあげた。


「もう、置いていきませんから。必ず。私は、エルとこの世界を歩みます」

「ま、魔王……分かった、分かったから! 恥ずかしいってーの!」

「約束します」

「分かったってば…………信じてる」


 エルが、どんな表情をしているのかは読み取れない。それでも、私の背中に腕を回したエルの華奢な手は、私の広い背中を優しく撫でてくれる。私はそれを受けては何度か頷いた。

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