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“抗ってみせよ”


 毎夜、真っ暗な世界で語り掛けて来る声……落ち着いた女性の声が頭に響く。


“この世界の魔王として、足掻いてみせよ”


 魔王として足掻く……私には、何が出来るんですか?

 あなたは、私に何を期待しているんですか?


“お前は………………だ”


 ハッキリと言ってください。


“お前は………………ヤイチだ”


 そんなこと……改めてあなたから言われなくとも。


「既に、覚悟は決めていますよ」


 目覚めは悪くない。スッキリと目が覚め、頭もクリアだ。問いかけて来る女性が誰なのか。まるで見当がつかない。しかし、この女性の声を私はどこかで聞いたことがあるような気もしている。日本での記憶ではない気がする。かといって、夢幻島で聞いたことがある声ではないはず。私はまだ、この世界でまともに言葉を交わしたのは、エルとヨウ国軍隊長くらいなものだ。レキスタントグラフを介して会話したひとの声は、くぐもって聞こえていたし、姿もぼんやりとしか見えていない。その中にこの女性が居たとは、考えにくかった。あの場で聞こえていたならば、私はきっと声に気づいていたはずだ。

 目を開けると、ゆっくりと身体を起こした。窓の外へ視線を送ると、まだ外は暗がりだ。今は何時くらいなのか。肌寒さもある。私は身体を手で擦った。摩擦熱で身体を温める。


(エルはまだ、眠っているんでしょうか。静かですね)


 しとしとと雨がまだ降っている。外から雨粒が壁を叩く音が聞こえていた。せっかく今日は町へ行こうとしていたのに、これは寒そうだ。エルが起きて来るまでには止んでくれると嬉しい。

 私は掛布団を引っ張って、身体全体が隠れるようにそれを被った。黒い服しかないのに、シーツも掛布団も枕も、白かった。『黒』と相反する色である『白』を、毛嫌いしている訳では無いらしい。

 布団を被ると温かい。熱が逃げて行かない為、布団の中にあたたかみがこもる。これから冬に向けて、もっと冷え込むだろう。魔王の部屋の壁も、居間と同じようにところどころ隙間があった。そのせいで冷気が流れ込んでいるのだろう。居間よりは、頑丈なつくりになっている様子だが、改良して損は無い。


(二度寝をする気にもなれませんし……少し、外を見て来ましょうか)


 掛布団をずらして布団をまくる。足をベッドの外へと流し、床に足をつける。立ち上がると、静かにドアまで歩き、ドアノブを回す。軋む音が鳴らないように注意し、そっと廊下を歩いた。

 居間もまだ暗い。隅っこの方で、エルはすやすやと眠っていた。気持ちよさそうに眠っているので、起こさないようにと玄関ドアを開けた。ひんやりとした空気が入って来るので、急ぎながらも静かに扉を閉めた。

 外へ出ると、霧雨が降っていた。この程度なら、濡れてもそこまで気にならなさそうだ。方向音痴の気がある私は、迷子にならないように、ジグザグに歩くのではなく、一本道を歩くように散歩をはじめた。

 夜からずっと雨が降っていたせいで、地面がぬかるんでいる。ブーツで地面を潰す度に、ぐちゃりぐちゃりと音がする。しっかりとした靴のため、水分が沁みて来ることはなかった。黒のローブも、完全な撥水加工ではないが、そこまでベタベタにはならない。何の繊維で織りこまれたのだろう。日本のような文明革新がされている様には見えないが、日本にはない独自の文明はしっかりと築かれている様子だ。


「月もまだ、顔を出していますね。満ち欠けの様子からしても、太陽と衛星の月の位置関係も地球と似ているようですね」


 天の川銀河ではないにしても、宇宙は広い。こうして似たような文化と自然を持った星、生態系があっても不思議ではない。ただ、『魔術』あるいは『魔法』というのか。そのカラクリは想像が出来ない。魔王として生まれ変わった私にも、きっと『魔力』は流れているのだろうが、どうすればそれを発揮できるのかも分からない。訓練することで、導けるようになるのであれば、エルに手伝ってもらい特訓をしたい。

 力を欲しているのではない。ただ、自身が持つ力を知らずに置くのは危険だと考える。何かの拍子でその力が爆発してしまったら、私だけではなく周りにも被害が及ぶ可能性があるのだ。望まない争いを、そんな形で勃発させたくはない。

 月が随分と西へ沈んだ。同時に、東の空は若干明るくなる。まだ、雲が全体を包みこみ、雨をもたらしているため、日の出は見られないと思う。雲に隠れながらのぼんやりとした光は見えるかもしれない。


(この世界は、美しいですね。空気も澄んでいますし、話をすればきっと分かってもらえる。争いのない世界を、実現させてくれる気がしますね)

「甘いね」

「?」


 独り言ですらなかった。

 私は心の中で呟いただけなのに、その言葉に対しての答えが返って来た。

 その言葉に驚きつつも、私はその声にピンと来た。


「あなたは、夢の中の女性ですね?」

「気づいてくれたかい?」


 姿は見えない。ただ、前方にある木の影の先がゆらめいた気がする。私はそこに意識を集中させ、相手が姿を見せてくれるのを待った。


「声が同じですからね。まさか、こうして対面できるとは思っていませんでした」

「これは、あなたの運命。逃れられない宿命」

「何から逃げられないんですか? 魔王であること? それとも、戦争が起きてしまうことに関して……ですか?」

「抗ってみせよ」


 相手のシルエットがしっかりとしてきた。背丈はエルと同じくらいか、若干高いくらいか。髪の毛は肩につくぐらいあり、外はね。漆黒の髪色だ。一見、日本人かと思える容姿だが、もう少し近づくと、その瞳がルビー色であることが分かる。赤い眼の日本人は、おそらく居ない。かといって、魔族であるならば、髪の色は黒ではなく緑のはずだった。夢幻島の他にも魔族が居る大陸があり、その大陸の魔族は黒い髪をしているのかもしれない。私を『魔王』だと認識し、『ヤイチ』と囁いていた相手だ。魔族や魔王と関係のない立ち位置にいるとは考えにくい。


「あなたは、誰なんですか? 私を知る者であるようですが……イチルヤフリート・ヤイチの知り合いですか?」

「他人事のように言うのね。ヤイチは魔王。魔王はヤイチ。そして……」


 相手は更に一歩踏み込んで来た。霧雨を浴びているというのに、濡れている感じはしない。つぶらな赤い眼をぎらりと見せ、淡々とした表情を浮かべている。その眼で睨まれては、怯んでしまいそうだ。


「弥一。お前は、日本を経てこの世界に舞い戻って来た魔族の筆頭」

「!?」


 思わず目を見開いてしまった。この女性は、過去の私のことも、日本での私のことも。そして、今の私のことも把握している。そこまで私を見ているものを、私は現段階では知らない。思わず口を閉ざして空気を吸った。


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