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 お経を唱え終わると、私は再度合掌礼拝し、静かに目を閉じた。リラックスした状態になると、体中の感覚が研ぎ澄まされたようだ。壁に使われている丸太が時折キシキシと音を立てていること。外の風がぴゅーっと吹いていく音。それによって木々の枝や葉が擦れあう音。変わらない日常の風景。その中で、時折異質なピリピリとした空気が張ったような感覚をやはり感じる。誰かに監視されているような感覚に近い。本当に、敵の進軍でもあったのではないかと疑ってしまう。

 ヨウ国軍を前にしたときは、私は深く物事を掘り下げず考えずに行動に出た。そのため、あのように敵……と表していいのか。人間種族を前に、あっさり白旗を振ることが出来た。しかし、たったの数日間で、私は『魔王』を意識し始めてしまった。弥一の記憶と感情はゆっくり……とてもゆっくりではあるが着実に、欠けてきている。私は、完全に『魔王』として覚醒することに関して、少なからず恐れを抱いていた。もし、エルやヨウ国軍隊長キルイールが語るように、睨みを利かせるだけで相手が絶命するほどの脅威に変異してしまったら、私は私を赦せない。そこまで変貌する前に、きっと自害を決めるだろう。ただ、その決断をするのが遅れたら……? 私は、この世界を冷酷な暗黒時代へ誘うのかもしれない。そんなものは、ダメだ。


(私が、冷酷な魔王として覚醒せず。このままの状態で、魔王として成長できればいいのですが……)


 そうすれば、性格は『弥一』の状態から変わらない。記憶が抜け落ちて行っても、私は私だと胸を張れる。この世界に必要なのは、『恐怖』ではない。一般的にファンタジー世界にて魔王が存在する場合、それに対する位置に『勇者』が居ることが多い。その勇者すら、必要ないと私は考える。善であれ悪であれ、特出しすぎた存在は、結局のところ『象徴』とされ崇められる。そこには、信仰心が厚いと言うよりは、人が大きな力を前にして感じる『恐怖』に近いのだ。圧倒的力は、押し付けの平和を創りだすかもしれない。それが本当に、全ての種族にとっての平和であるなら、まだ良しと出来よう。実際は、そうなれないのが手に取るように分かる。


 魔王という地位は、世界に対して恐怖を抱かず、好き勝手歩くことが出来るもの。

 ただし、それをしてしまえば、結局私も『力』を盾と剣にして、従わせることと何ら変わりない。


(魔王であることを隠し、ただの“魔族”として生きる道を進めばいいのでしょうかね)


 髪の毛は、染料があれば目立つ紫の髪を緑に変えられるだろう。しかし、立派な角はどうだろうか。大人の魔族が角を持つのであれば、生えていても不自然ではない。実際、エルにも小さくても角はある。魔族のワンポイントであることを願う。煌々と照るような赤い瞳は、魔族共通の輝きの為、変える必要はない。つまり、髪の毛さえどうにかできれば、その他大勢の魔族の中に、溶け込んで生きられる可能性は見いだせる。


(この世界に、髪を染める文化があればいいですね。また、エルに聞いてみましょう)


 ガラガラガラ……。

 風呂場の方から、引き戸を開ける音がする。


「魔王、お待たせ!」

「ちゃんと身体、拭いてきましたか?」

「子ども扱いするなって。ちゃんと拭いたさ」

「どれ」


 エルが首にかけていたバスタオルを手に取ると、そのタオルで髪の毛をワシャワシャと拭きはじめた。咄嗟のことで驚いたのか、エルは口をパクパクとさせている。照れている様子にも見えるが、気づかなかったことにして、私は髪の水気を取るのを進めた。色素が薄い緑色。線も細いため、ツンツンに立つことはない。やわらかく肩に流れている。襟足がやや長く、再度は耳が隠れる程度。前髪は若干目にかかっている。レキスタントグラフを扱っていたときは、赤いヘアゴムで前髪を縛っていた。おでこを出していても可愛いが、個人的には下ろしている方が雰囲気が優しくて好きかなと思う。


「はい、乾きましたよ」

「こ、これくらい自分でやれるってば!」

「濡れていましたよ?」

「居間でやろうと思ってたんだよ!」

「そうなんですか? それはすみませんでした」


 肩を竦めると、私がしょんぼりして見えたのだろう。慌てて私の左肩をパンパンと叩いてきた。


「責めてるんじゃないからな!? 俺はただ、自分でもやれたってだけで……ちょっと、恥ずかしかったってだけで!! 嫌とか、そういうんじゃない!」

「優しいですね、エル」

「…………っ! だぁ~~~~~、もう、お前と居ると恥ずかしくなる!!」

「照れ屋ですね」

「うるせぇ!!」


 子ども染みた反応を前に、ついつい笑みがこぼれてしまう。くすっと笑うと、私は椅子に座った。エルは、何かをぶつぶつと言っていたが、聞き取れない。おそらくは、恥ずかしさを隠すために何かを呟いているのだと思う。


「エル。サクラ茶をお願いしてもいいですか?」

「飲みたいんだったな。待ってろ、今煎れるから」

「はい、お願いします」


 バスタオルを暖炉の近くに置いてから、エルはキッチンの前に立った。急須のようなものに茶葉とお湯を入れ、くるくると回す。茶葉の色は茶色をしていた。ピンクの花が咲くと言っていたし、乾燥させている段階であのように色落ちしたのだろう。

 3分ほど経つと、エルは急須と湯呑を持ってテーブルに来る。私の前に湯呑を置き、お茶を注いでくれた。トポトポトポ……出て来るお茶の色は、薄ピンク。優しい香りが湯気に乗って運ばれると、心がほっとする。続いて、エルも自分の湯呑を持ってきて、そこへお茶を注いだ。

 急須をテーブルの真ん中に置き、ふたりで湯呑を持つ。


「いただきます」

「どーぞ」


 高温過ぎず、適度な熱さ。一口、また一口とゆっくり味わいながら飲む。大好きだったソメイヨシノを彷彿とさせるこのサクラ茶は、私の大好物となった。常に花をつけているのであれば、是非その花を見にも行きたい。この近くにあるのだろうか。


「美味しいですね」

「ほのかな味わいだけど、そこがいいんだよなぁ……これ」

「同感です」


 温かいものを胃に運び、身体もポカポカしてきた。温まったところで、ゆっくりと眠れそうだ。私は全てを呑み終えると、湯のみをテーブルに置いた。エルも、同じくらいのタイミングで飲み終え、湯のみを置く。

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