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「魔王は、その“日本”って世界を本気で信じているのか?」

「魔王としてこの世界に生を受けた後。その魂は日本へと運ばれたのだと思います」

「それで?」

「しかし不運に見舞われ、日本での命が尽きたんです。そのとき、この夢幻島へ戻って来たのではないかと私は考えています」

「…………日本の方が、よかったか?」


 ヤキモチ、嫉妬。

 そんな言葉だけでは言い表せない、複雑な感情がエルの中には浮かんでいるように思えた。私は楽観的に生きてきた為、そこまで物事を悩んだり考えたりしてこなかった。恋愛経験も残念ながら少なく、仏の道を歩みはじめてからは特に興味も無くなってしまった。まめを拾ってからは、人との触れ合いよりも、私はまめとのゆったりとした生活を気に入ってしまった。コミュ障をこじらせたところもある。両親とも連絡をほとんどとらず、兄弟は居ないひとりっ子。だからこそ、エルの複雑な感情を純粋に察することが出来なかった。鈍い兄で申し訳ないと、心から謝罪する。


 自分はひとりっ子だった。

 魔王としての記憶もない。

 だから許せ。


 そんなことが言えるはずもなく、言うつもりもない。

 今は、兄であり魔王なのだ。


 私はこれから、多くの物事と向き合って選択し、学んでいく。その過程で、エルにとっても世界にとっても、意味のある『魔王』になりたいと、私は強く願った。その覚悟を再度するためのアクションだと、私は受け取った。


「この世界は美しいと思います。まだ、記憶はありません。だから、細かい事情どころか大きな事情すら分かっていません。それでも私は……」


 エルの赤い眼をしっかりと見ながら、頷いた。私は自分自身にも言い聞かせながら言葉を選んでいた。


「私は、この世界に生まれてよかったと思います。そして、エルが弟であることを嬉しく思っています」

「……恥ずかしい奴」

「いいじゃないですか。兄弟なんですから」

「……そういうところ、全然魔王じゃないんだけどな」

「過去の私は、厳しかったんですか?」

「寡黙で冷淡で、冷徹な魔王だった」


 私とはどうも真逆の属性を持っているように窺える。確かに、ヨウ国軍のキルイール隊長も、過去の魔王に恐れを抱いている語り草だった。私は、『弥一』として平和を維持する日本で温和になったのか。それとも、過去の魔王とはイコールで結ばれていないのか。判断するにはまだ、材料が足りなさすぎる。見た目に対して、『違う』と称するものは居ないので、きっと『イチルヤフリート・ヤイチ』はこの姿をしていたはずだ。中身だけ入れ替わった説も視野にいれておかなければならないかもしれない。

 家の外が暗くなって来た。夕日のオレンジ色が西窓から差し込んでくる。鳥のさえずりは聞こえてこない。そろそろクトゥクトゥクトゥと鳴く鳥が活動する時間帯のはずだが……明日は天気が荒れるのかもしれない。小鳥たちは、雨風から身を守る為。巣に引きこもっているのだろうか。


「エルは、その当時の私と今の私を比べてみて、どう思いますか?」

「どう思う……って?」

「過去の私の方が好きですか?」

「好きとか嫌いとか、そういうのはない」

「では、何が引っかかるんですか?」

「…………別に、俺から言えることは何もない」


 ツンとした目をして、プイッとそっぽを向いてしまった。何でそこまで機嫌を損ねてしまったのか……私は右手親指と人差し指を顎に持ってくる。どうしたものかと、若干頭を悩ませた。

 私が困っている様子を、エルは簡単に察してしまう。私が想像するに、過去の魔王は私と同じくらい……もしくは、それ以上に鈍感な人間だったのではないだろうか。鈍い相手を前に、エルは相当振り回されたように思える。そのせいで、私の顔色をよく気にするし、言葉にも敏感だ。


 同じように敏感にはなれないかもしれない。

 生まれ持った性質もある。


 だけど。

 歩み寄る努力と姿勢を忘れてはいけない。


「エル」

「ん?」


 ぐー……。

 若干の緊張感を持たせたこの場所に、気が抜ける空腹を示す音がする。


「……腹減ったのか?」

「言いかけた言葉は違うんですけど……お腹は空いてしまいました」

「……ったく」


 ぷっとエルは吹きだした。笑った顔で目が細くなる。


「お腹空きすぎだろ魔王……仕方ないなぁ。すぐに準備するから、部屋で着替えて待ってろ」

「お願いします」

「はいはい。手のかかる魔王だぜ」


 その言葉は嫌味を含めたものではなかった。可愛くて仕方ない子どもや動物に対して、『やれやれ』と照れながら語るその言葉にそっくりだった。それに気づけた私は、くすっと笑ってみせる。

 赤色の留具を外せば、重厚でしっかりとしたローブを上から脱ぎベッドのぽいっと載せた。これも明日、川で洗濯をすることになりそうだ。いや、鳥が鳴いていないから、明日は雨だと思ったことを思いだした。それなら、外で洗ったり干したりはできない。クローゼットには、まだ何着かローブが残っている。数日間、雨だったとしても問題なさそうだ。

 一緒にクローゼットに掛けておくのもどうかと思い、そこではなく、棚の上に畳んで置いた。ふと気になったのはやはり本棚。全部で何冊あるのだろうか。50冊あるかないか。ざっと見た感じではそれくらいになる。厚さも様々で、カバーの色も様々だ。紙ではなく、布製の物が多いようだ。傷まないようにするためだろうか。この世界から一旦身を引いた魔王は、自身が消えてしまうことを察知していたように見える。そのため、こうして記憶を紙媒体に記録していたのだ。それだけじゃない。再び戻って来ることも見越していた。魔王は、私がこうして魂を守り夢幻島に戻ってくることを予知していた。私にはきっと、この本を開く権利が与えられていた。

 初めてこの本を手に取り、開いた瞬間に鱗粉が舞ったことを覚えている。あの粉にも、きっと意味があるはずだ。それを知る術が今のところはないが、何故か私は妙に安心しているところがあった。今はまだ知る必要性がないから、私は知らないだけである。『そのとき』が来れば、私の失われた記憶は蘇るだろう。

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