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 小屋。いや、『家』と呼ぼう。見た目は古びた小屋でしかないが、エルと魔王が先々代魔王より受け継いだ場所だ。所どころ傷んでいるところもあるし、脆く腐っている場所。さらには、それ以前に隙間がたっぷりと空いている少々雑なつくりの家だった。長寿の生命のようなので、この先何十年。あるいは、何百年の年月をこの家で暮らすのであれば、手入れは大事だ。丸太だけでは、隙間を埋める事は難しいのかもしれない。いっそのこと、粘土質のものがあるのだとすれば、それを隙間に塗り込めば温かくなるかもしれない。それと、エルの寝床の確保もしたかった。木材を調達し、もう少し眠り心地がよさそうなベッドをつくりたい。迷惑ばかりかけ、振り回してしまっていることの謝罪と共に、今後とも仲良くしてほしいという願いをこめて、造りたい。こういう人生の歩み方をするのならば、教育学部ではなく技術系の専門学校へ行っておくべきだったと若干の選択した道の失敗を悔やむ。こんな人生を歩むことになるとは、親であれ友人であれ、自分であれ。予想など誰も出来やしない。


「はぁー……ぁ、疲れたな」

「魔法陣の展開は、やはり疲れるものなんですか?」

「レキスタントグラフの展開自体は、疲れるものじゃない。魔力を注ぎ込んで維持していても、対して疲労しない」

「ということは……気疲れ?」

「あっさりと言ってみせるなよ。俺が情けなくなるだろ」


 玄関ドアには、鍵さえついていない。空き巣などの事件は起こらないのだろうか。田舎では、鍵をかけない集落も多々あった。この夢幻島もその景色に近いところがある。いや、私が構えた家の近辺よりもずっとほっこりした田舎の要素がたっぷりだ。田んぼはないが、畑はある。川も海も泉も近くにあるため、水には困らなさそうだ。お腹が空けば、木になった実を採って食べたり、動物を狩って肉を食べたり。魚を食べる風習があるかはまだ分からないが、川魚も海の魚も食べられそうだ。大きな魚が取れれば、捌いて刺身にしてみても美味しいかもしれない。この地でやりたいことは、まだまだある。

 本当に気疲れをしていた様子で、エルの顔色はあまりよくない。その上、若干の冷や汗をかいているようにも窺えた。私は心配してエルの前でしゃがみ込むと、顔を覗き見た。その行為を受け、さっと一歩あとずさり、慌てて顔を隠した。心底驚いているようだ。


「な、なんだよ急に……! びっくりするだろ!?」

「いえ、本当に疲れている様子でしたので……ちょっと、心配になりまして」

「だからって、ひとの顔を覗き込むことないだろ!?」

「どれ」


 エルのおでこに私は自身の右手を当てた。ぼっと火が点いたかのように、エルの顔は一瞬にして赤く染まった。つぶらなネコ目を見開いて、口をパクパクとさせている状態を見ると、男性に壁ドンされて照れた女性といった構造が脳裏に浮かんだ私は、いよいよ年寄りじみたと感じてしまう。自分の行動に、若干照れてしまったので、私もおでこから手を離した。エルは解放された瞬間に顔を右に振り、視線を泳がせていた。落ち着きがない。


「顔は赤いですし、熱っぽさはありますよね。疲れだけではなくて……」

「あれくらいの疲れで、そこまで症状でないってーの!」

「ですが、今……」

「お前なぁ! 兄に突然そんな行為されたら、俺はどういった顔すればいいのかわかんねぇんだよ!」

「何故です?」

「な、なっ、…………なぜって……」


 この反応は、憧れの存在。推しが目の前に居る時のヲタク……といっていいのだろうか。庶民がきらびやかな世界に憧れを抱いたときの輝きに似たものがあることに気づいた。恋愛感情などでは決してない。もっと、尊いものを前にしたときに、ひとはこんな顔をすると私は判断した。


 エルの中で、兄であり魔王である私は、絶対的存在。

 何よりも守りたく、何よりも信じたい存在。


 それが、『イチルヤフリート・ヤイチ』だったのだ。


「エル。今日の夕食は私が用意してみたいんですけど。どうですか?」


 唐突な話題変更だったが、エルにとってそれは幸いだったらしい。ほっと息を吐いて、トントンと胸のあたりを軽く叩いた。それは『落ち着け』と、自分に言い聞かせているように見える。凛とした表情に戻るまで、時間はかからなかった。


「まだ、お前に包丁は握らせたくないな。下手そう」

「バッサリ切らないで下さいよ。そこまで下手でもないと思いますよ?」

「何を根拠に……お前は、食べるときと食べ終わったときに、なむなむしてればいいんだよ!」

「それは当然しますけど……私にも、料理をさせてください」

「そのうちな」


 今日の包丁担当を代わるつもりはないらしい。ケロッとした顔で私を見た。やや悪戯っぽさを含めた表情から察するに、先ほどの仕返しをしているのかなと考えられる。ただ、それが分かったとしても、言い返す言葉が見つからなかったので、私はあっさりと引き下がった。


「ブローチ。失くす前に預かっとこうか?」

「これですね。リチウスのブローチ……銀細工もオシャレですが、中央の紫の結晶がまた、綺麗ですよね」

「見た目が大事なんじゃない。これは、このブローチ自体に意味がある」

「どんな意味ですか?」

「魔王が、魔王であるが故の象徴。そう言われて、代々受け継がれているものだ」

「代々、ですか?」


 留具からブローチを外すと、私はそれをエルに手渡した。右手で受け取ると、エルはそれを小さな宝箱のような容器にしまった。大事なものと言う割には、隠そうとはしていない。盗人でも入れば、簡単に持ち逃げされてしまいそうなほどの簡易収納だ。


「代々と言う割には、色あせていませんね。銀も酸化していないようですし……今作ってきたと云われても、不自然ではありませんよ」

「錆びない銀なんて、ない。でも、これは輝きを失わないんだ」

「不思議ですね」

「だからこそ、世界を支配する力がある魔王にのみ、継承されている代物なんだ」


 私はこのとき、ふと違和感を覚えた。


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