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「私は、イチルヤフリート・ヤイチ。この夢幻島を代表する魔王族であり、現魔王です」

「魔王……?」


 落ち着いた呼吸を取り戻し、ゆっくりと語りだした私を見て、エルはハッとして視線を合わせて来た。それに応えるように、私はエルの目を見てから頷く。今の私には、迷いも戸惑いもない。あるのは、ただひとつ。私が『弥一』であり、『ヤイチ』であることの証明をしたい。庶民が魔王として転生するなど、そうそうない話だ。魔王として生きる決意をする、いいチャンスだとも私は感じ取った。


「魔王として、幾つかの提案をしたいと思います」

≪お前が魔王であるものか!≫

≪卑しき人間の手に堕ちた恥さらしめ!!≫

「すべての言葉を、聞きましょう。どれだけ馬頭されようとも、私は私であることを諦めません」

≪人間に加担するものが、魔王であるはずがない!!≫

「黙れ! お前ら、魔王を前に愚弄するのか!? お前らこそ、魔族の恥だ!!」

「エル。大丈夫です」


 躍起になって、窓から聞こえて来る魔族の言葉を一蹴しようと叫ぶエルを宥めるために、ポンポンとエルの肩を軽く叩いた。エルはまだ、頭に血がのぼっている様子に見える。エルは、私を魔王として認めさせようと必死なのだ。その行為はありがたいが、これまでエルは40年間。この夢幻島で生きてきている。夢幻島の魔族を敵に回すようなことにはなってほしくない。蔑まれるのは、私だけでいいと心から思う。

 エルの視線を感じながら、私は窓の向こう側に意識を集中させた。すると、ぼんやりとだがそこから人影が揺らいで見えてきた。幻覚かもしれない。しかし、その割には何人もの姿が見え隠れしている。声の数は、10人以上。それと同じくらいの人影がちらつく。そのひとり、ひとりに語り掛けるように、私は落ち着いた声色で話を進める。


「戦争は、放棄します。ヨウ国へも、ジクヌフ国へも進軍しません。私がこの世界の魔王である限り、私は戦線へ出ません」

≪弱腰の魔王など、必要ない!≫

≪人間の手に堕ちたか!?≫

「願うことは、皆さんに協力してほしいと思います」


 こちらの姿が見えているかなんてわからない。

それでも、私は誠意を尽くしたかった。


 窓の向こう側に向けて、私は深々と頭を下げた。


「魔王! 何やってんだよ!」


 場はざわついた。同時に、エルは慌てて私の腕を掴んで身体を揺さぶって来た。私に顔を上げさせるようにと、必死だ。その行為を否定するのも気が引けるが、今向き合うべきは窓の向こう。彼らに納得してもらい、私の行動を支持してもらえなければ、真の平和は訪れない。隠居生活というのも、難しいものだ。


「頭を下げれば満足してもらえるとも、思っていません。ただ、今の私に出来ることは、これくらいなんです」

≪……どういうことだ≫

≪説明責任を果たせ!≫

「今の私には、記憶がありません。魔法陣を展開させるだけの力もありません」


 一番のどよめきと、混乱を招いた自覚はあった。ここまで正直になる必要性は、無かったのかもしれない。隠し通せる自信があるならば、黙って事を済ませることも出来ただろう。そもそも、下からお願いすることもなく、高圧的態度で黙らせてしまえば早かった可能性もある。それを分かった上でこの道を選択したのは、やはり誠実でありたかったからだと思う。そして、私を『兄』として認めてくれたエルに対しても、誠実でありたかった。


 嘘はつけない。

 真の平和の前で、嘘は必要ない。


≪エルディーヌ! この者は魔王陛下ではない!!≫

≪偽物だ!!≫

≪殺せ!!≫

≪滅ぼせ!!≫

「黙れ!! 誰がなんと言おうと、此処に居るのは魔王だ!! イチルヤフリート・ヤイチ。魔王陛下以外の何者でもない!! 無礼が過ぎるぞ!!」

「エル」


 エルの擁護はありがたい。それと同時、エルの温もりを感じさせてもらえる。私がこうして窓を通して魔族の仲間と話せているのも、エルが居てこその実現だ。私には、このようなネットワークがあることすら知らなかったのだから。私が咎められるのは、本来なら正しいとも言える。


「私は正直、自身が魔王である自覚はありません。ただ、魔王にしか成せないことを……魔王により封印された本を、開くことは出来ました。それは、私が魔王であることを裏付けるひとつといえます」

≪真に魔王の書物だったのかも分からないではないか!≫

≪お前の語る証拠など、偽りでしかない!!≫

≪魔王が魔法陣を扱えないはずがない!!≫


 酷く怒った声が窓から多数降りかかって来る。本来なら、個々に話を聞き、納得してもらえるまで話すのが筋だと思う。それが許されるなら、そうしたい。時間をかけてでもいいから、納得してもらえる努力を私はしたい。しかし、その時間を人間族が待ってはくれない可能性もある。ヨウ国もジクヌフ国も、一旦引き上げただけで、こちら側に攻撃の意志がないことを王の耳に届ければ、すぐにでも攻め入って来るのではなかろうか。私ひとりの頑固な意見のせいで、多くの魔族が血を流す結果となることは避けたい。

 すべてのひとを平等に、幸福な道へしめすことはとても難しい。それでも、努力を続ける姿勢は崩すべきではないと私は考えた。真摯な対応を求められているのが、今。私はここで、合格点を得られるかどうかの振り分けに掛けられているのだ。

 エルは、沈黙している。様々な感情を無理やり押し殺し、ぐっと堪えている様子が窺える。兄であるはずの絶対的魔王が、他の魔族に責められては気持ちがよくない。

 陽に雲がかかり、辺りが薄暗くなる。まだ、日没には早い。ゆったりと吹く風では、雲はなかなか途切れない。この光景が、まさに私の立場を表現しているように見えた。


「問います」


光が照っていない間に、私は向かい合っている魔族の影に語り掛けた。お互いに主張し続けても平行線を辿ると判断したからだ。歩み寄りの精神は、こういった場面でも大切にしなければならない。

 相手側からの返答が得られなかったので、無言による肯定として捉え、私はその先を続ける。エルも、私が何を言おうとしているのかを気にしている様子だ。


「魔法陣を描ければ、私を魔王として認めていただけますか?」


 私の問いかけは、とてもシンプル。相手側が認められないと主張するのであれば、どうすれば私を信頼してくれるのかを問う必要性があった。何をしても認められないという判断も無くはないが、まずは試しに語り掛ける道を選んでみた。魔法陣では納得されないのであれば、他の妥協点を探す。それを念頭に入れながら、私は赤い窓の向こう側の魔族からの答えを待った。


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