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 家族間でも絆があやふやな状態では、世界平和なんて夢のまた夢。そうであってはならない。人間同士は手を取りあい、魔族同士は手を取りあい。仲間同士からの結託を確かなものにすることから始めるのはいいことだ。

種族が違った瞬間に争いが生まれることは、どんな理由があるにせよ間違っていると私は思う。歩み寄りの気持ちを、少しずつ持つことでもいい。その姿勢を見せて行くことにより、生命は争いから共存への道を選択できるようになるはずだ。仲間同士で手を取り合うことが出来るのであれば、他者へも愛情なり友情なり、認め合う気持ちも生まれると私は信じたい。

 そんなことを考えながら、私はだんだんとうとうとしはじめ、眠りについた。


 “抗ってみせよ”


(また、この声……)


 “この世界の魔王として、足掻いてみせよ”


(再度問います。あなたは、誰なんですか?)


 “お前は………………だ”


(私を知っているのでしたら、教えて欲しいんです)


 “お前は…………イチ”


「魔王―!」

「!」


 ハッとして目を覚ます。耳元で聞き慣れた声によって、現実世界へ誘われた。また、同じ夢を見ていた。この地に来てからと言うもの、寝て起きればこの声が必ず響く。その声には、聞き覚えは無い。


「魔王、起きたか?」

「エル……えぇ、おはようございます」

「起こして悪かったな。ネットワーク繋げる準備が出来たから、部屋を覗いたんだ」

「大丈夫です。準備の方、ありがとうございました」


 陽の光が差し込んでいる。角度的にまだ正午前だろう。昨日よりはずっと早く起きることが出来た。もっとも、どちらもエルに起こされた結果ではある。腕に力を込め、身体を起こす。ベッドの上に座った形で、エルの顔を見るために上を向いた。今日のエルは線の細い緑の前髪をゴムで結んで、おでこを見せていた。ゴムの色は赤。私が初日に着ていたローブの留具と同じような色だ。魔族の象徴は『赤』なのかもしれない。ネットワークを使う際に、どんな形でコンタクトが取れるのか想像は出来ていない。姿が映るのであれば、それに備えて髪を整えてきたという可能性もある。もし、身だしなみが大切になってくるのであれば、私もエルにならって整えたい。

 問いかけようと口を開くと同時。先にエルの方が話しかけてきた。


「魔王……変な夢でも見てたのか?」

「そうですね。泉で目を覚ましたあの日の夜から、眠ると語り掛けて来る声があるんです」「語り掛けて来る? 男か? 女か?」

「気にしていませんでしたが…………落ち着いた声の、女性だと思います」

「女…………」


 エルは右手を顎の下に持って行き、何かを考えている様子だ。私はその仕草を静かに見守る。おでこを見せているせいか、幼さが際立って見える。ついでに、赤く輝く目もハッキリと見えるため、つぶらな瞳もより大きく映る。


「何か、思い当たる節でもあるんですか?」

「…………いや、そんなわけないか」

「?」


 自己完結をしたらしい。エルは首を左右にフルフルと振って、頭の中に浮かんでいたものを掻き消した。ふっと軽く息を吐くと、迷いもそのまま吹き飛ばしたのだろう。凛とした目で私の視線と向き合う。


「ほら、着替えてくれ。今日は簡易ローブじゃなく、真のローブ着てくれよ?」

「ヨウ国軍と向き合ったときのローブですね?」

「そういうこと。あと、こいつ」


 エルの手の中には、ブローチが握られていた。銀細工の缶の上に、アメジストだろうか。紫の輝きを放つ鉱石が付けられている。


「これは?」

「魔王の象徴。“リチウスのブローチ”だ。魔王は、行方をくらます前に、何故か俺に託していった」

「イチルヤフリートが、このブローチをエルに……?」

「イチルヤフリートがって、お前のことだけどな?」

「そう、ですね……」


 エルからブローチを受け取る前に、私は今着ている簡素的なローブを脱ぎ、真のローブと言われた式典服を身に纏う。やはり、厚みがある服のため重みがある。この服を着て、魔王は恐らく人間種族と戦っていたのだろうが、動きにくいはずだ。それでも気にせず戦っていたとするならば、魔王はかなりの力の保持者ということになる。そんな力を前にすれば、臆するなということが難しい。団結して魔王を倒そうとする心理は至ってシンプルだ。


「ほら」

「ありがとうございます」


 ブローチを受け取ると、それを留具の上につけてみた。エルが何も言わないということは、留める場所は間違っていないようだ。


「魔王のシンボルは、紫なんですか?」

「そうだぜ。紫の髪は、魔王の特徴」

「生まれながらにして、魔王族は紫の髪を持つんですか?」

「いや。魔王として継承した瞬間に、髪の色は変わる。それまでは、魔族である姿と同じだから、緑の髪に赤い眼だな」

「不思議なものですね」


 長く腰辺りまで伸びた紫の髪は、癖も無く線の細いさらさらとした髪。魔王族になった瞬間に緑の髪から紫に変化したとは、ファンタジーの世界でしかありえない話に思える。魔法陣やら魔族やら、そういった用語が出て来ている段階で、異世界ファンタジーという言葉は頭の中に浮かんでいたが、やはりそうだったのかとなると妙に落ち着いた。


「魔王?」

「レキスタントグラフを、展開しにいきましょう」

「あぁ!」


 開けっ放しの扉から、エルは居間に向かいさらに玄関ドアを開けた。外はいい天気だ。青い空が広がっている。所どころに雲もあるが、陽を隠すような厚みはない。私も青空を見上げる。眩しく輝くその光は、やはり偉大だ。万物の生命が陽を崇めるのは当然だろう。眩しさに目を細める。

 エルはご機嫌の様子で、足取りが軽い。私もつい嬉しくなり、口元が綻んだ。


「嬉しそうですね」

「レキスタントグラフを使うのは、久しぶりだからな。他の奴らが元気にしているのかも、気になってはいたんだ」

「しばらく、魔族間でやり取りはしていなかったんですか?」

「老魔王が死んで、少し経ったときに使った以来かな」

「お披露目でもしたんですか?」

「そーいうこと」


 なるほど、と。私は胸中で頷きながらエルの後に続く。このルートは川の方へも向かっていないし、リクトルの泉の方面でもない。また、別の場所に向かって歩いていた。しかし、この感じでは小屋から遠くではなさそうだ。大き目の岩が転がっている場所に近づいてきた。大げさに言えば、イギリスのストーンヘンジのような感じだ。それを小規模に創りだしたような空間は、庶民の私でも目には見えない『力』を察知できる。岩のひとつに右手を当ててみると、冷たく堅い感触が得られた。若干の砂粒も手につく。


「ここがネットワークの接続場所なんですか?」

「本当は、どこでだってレキスタントグラフは展開できるんだけどな。魔法陣を描けばそれで事足りる」

「つまり、この岩の中に魔法陣が既に描かれているんですね?」

「記憶は無くても、呑みこみは早いんだよなぁ、魔王」

「そうですか?」


 エルは順々に岩に触れていく。エルが触れると、そこには赤い光が輝きを灯す。ぽっと光った場所は、その光を残したままで消えることはない。エルは5つの岩に光を灯した。


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