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 暖炉の火で、身体は温められている。しかし、この場の空気は重く冷たい。どんな言葉をかければいいのか分からず、私は静かにこの空気を見守ることしかできない。ただ、エルのおかげで魔族が負に満ちた種族でないこと。人間とは、もともと争いが絶えなかった訳ではないことが分かった。これは、大きな収穫だ。

 太陽の恩恵とは、考えもしなかった。どこの世界、どこの時代でも、明るく輝く星々の中心である太陽に、憧れを抱く。そこに魔族が含まれるという発想は、私にはなかった。

 エルの語り口調からして、争っていたのは古い時代のような印象だ。どれほど前に、争いははじまったのか。古ければ古いほど、争いを断つことは難しくなる。長年の風習があっては、その固定概念をひっくり返すことが難しくなる。


「…………魔王は、なんで人間なんかと仲良くしたがるんだよ。もともと戦争吹っかけて来たのは、アイツらの方だ」

「その事実は知りませんでした。でも……はじめから争っていた訳では無いなら、もう一度足並みそろえて歩く道を模索してもいいと思うのですが。どうでしょうか?」

「甘いな」


 呆れかえった様子で半眼になって呟いた。そのまま、再度溜息を吐く。


「記憶を失っている魔王と、こんな論争してたって埒が明かないな。そもそも魔王は、冷徹で厳しく、人間に対しても誰に対しても容赦ないんだ。こんな甘っちょろい魔王と語り合ってても、俺までボケてくる」

「魔王としての記憶はありませんが、それでも私は……情報は欲しいところですね」

「しーらない! どっちにしろ、今日はここまで! 腹が減った!!」


 ぐー。

 私のお腹からも、場の空気を壊すような情けない音が響く。若干の恥ずかしさを滲ませながら、さすさすと両手でお腹をさすった。

 それを見て、エルは笑った。つぶらな猫の眼が、可愛く光る。赤い眼なんて、見慣れないはずの輝きだが、エルのその眼はとても美しいと私は感じていた。それは、エルの心が穢れなく美しい証拠だと思う。


「クルックの実、茹でるか」


 エルは立ち上がった。そして、キッチンのコンロに火をつける。不格好な鍋の中に、水を入れ、クルックの実を入れてからぐつぐつと茹で始める。井戸の水でもくみ上げているのか。一応水道は完備されていた。


「5分くらいで茹であがる。待てないんなら、ミンヨ食っとけよ?」

「エルと一緒に食べたいので、待ちますよ」

「ば、…………馬鹿。恥ずかしい言い方やめろ」

「え?」


 きょとんとする私を前に、エルはまた、頬をピンク色に染めていた。照れてる様子は、とても愛らしい。思わず口元に笑みが浮かぶ。

 びょーびょー……やはりまだ、風は吹きすさぶ。まだ、秋の終わりごろだと言う。本格的な冬を迎えれば、どんなにも冷え込むことやら。日本の冬よりは、冷え方が甘そうだと予想しているが、ここにはエアコンというものがない。服も重ね着が無いため、冷えてしまいそうだ。冬を迎えるまでに、なんとか暖の取り方を考えなければいけない。一番は、この小屋の壁。隙間を埋めることが第一か。


 ぐつぐつぐつ。

 お湯が沸騰してきた音がする。火力はなんだろう。電気ではないので、ガスになるのか。それとも、『魔族』というだけあって、魔術やら魔法やらで着火しているのか。


「できたぞ」


 そうこうしている間に、5分が経ったようだ。ザルにクルックの実とお湯を流して水切りをする。すると、ザルにクルックの実が残った状態で、テーブルの上に置かれた。ついでに、皿もひとつ置かれる。


「皮は、こっちの皿に入れてってくれ。捨てやすいだろ?」

「わかりました」

「皮の剥き方は……分かるか?」

「教えてもらえると嬉しいです」

「仕方ないなぁ」


 そういいながらも、そこまで嫌そうな顔はしていない。どちらかといえば、嬉しそうに口角は上がっている。私もつられて微笑んだ。

 エルはひとつ、ザルの中からクルックの実を取り出す。私も真似て、ひとつ手に取った。茶色の堅い皮。本当に、栗のようだ。


「これ使って」

「これは、小さなハサミですね」

「これで、ここを……ぱっつん」


 糸切バサミほどの小さなサイズ。そのハサミでエルは、実の中心あたりに切れ込みを入れた。『ぱっつん』という言葉の選択が可愛らしかった。微笑ましい。私もハサミを借りて、同じようにクルックの実の真ん中あたりに切れ込みを入れた。


「横に切りこみ入れたら、今度はそこから縦にぱっつん」

「はい、ぱっつん」


 つられて、『ぱっつん』と口にしてしまう。しかし、楽しくなる魔法のひとつのようで、気持ちがほっこりした。エルのこういった場面に、これからも救われていくのだろうと私は感じた。エルは、魔王や魔族に誇りを持ち、強くありたいと思っているようだが、実際にはとても純粋で真っすぐな、兄想いの優しい子なのだ。こんな子を、戦線に立たせることがそもそも間違っている。


 ふと、先ほどのエルの言葉を思い出した。


“魔族は、人間に負けたんだ”


(言葉の意味から読み取るに、今、太陽の恩恵を授かっているのは“人間”ということになりますよね。それでも、何故人間は私たち魔族と争っているのでしょうか)


 独り、胸中で呟いてみる。その瞬間、思わず眉間にシワがよってしまった。その表情にエルは気づき、不安げな顔をしてしまった。


「魔王? どうした?」

「いえ、何でもありません。ちょっと、お腹が空きすぎてしまって……」

「なんだ、そういうこと? じゃあ、クルックの実の皮の剥き方は分かっただろ? 食べようぜ!」

「そうしましょう」


 その瞬間。エルはハサミとクルックの実をテーブルに置いた。私はそれを見て、目を丸くする。一瞬の時が止まった気がした。

 エルは、私がするまでもなく。両手を合わせて合掌しているのだ。目を細めながら、得意げに笑う。


「いただきます。だろ?」

「えぇ」


 私は、心底幸せな気持ちになれた。とても優しく、穏やかな感情が生まれる。

 エルが魔族である限り、魔族が人間と争いを辞める選択肢は必ず生まれると、私は確信した。それだけエルは純粋で、心優しい子なのだ。今後の世界が明るいと、私には感じ取れた。

 私もエルにならって、手を合わせる。


「いただきます」


 私たちは、待ちわびた夕食に手を付け始めた。


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