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 エルに寄り添いたい。エルの希望も叶えたい。それは、兄としての務めであろう。しかし、兄であり『魔王』でもある私には、たったひとつの道を歩むことは難しいように思える。戦争の道を選ぶことは、どうしてもできなかった。争いのない現代日本で培った平和主義の考え方を捨てる事は、きっと私には無理なことなのだ。仏の道を信じ歩んでいたのだから、尚更不可能な選択だと言える。


 すべての人を救える道などない。

 誰かが、必ず我慢を強いられる。


 だからこそ、人生の選択肢は複雑で難しいのだ。


 世界に生を受けて、前世の記憶が無ければ、輪廻転生の世界であったとしても『1週目』の人生としてカウントされる。1週目の歩みで、すべてを正しい選択を選べるものなどそういない。それこそ、『仏』や『神』など、人を超越した存在でしかない。ただの人間に、完璧を求めることこそ間違っているのだ。だが、今回の私のケースはそれとは話が違う。私には、『弥一』としての記憶がある。27年だけの人生だったが、それでも『ゼロ』の経験値からはじめるのとは大きく異なる。私は、弥一としての人生の歩みを無駄にすることなく、魔王を全うしたい。


「魔王?」

「臨戦態勢から、解放されたいですね」

「攻め込む気になれたか?」

「違いますよ。争いをして、決別するのではありません。話し合いで解決がしたいんです」

「人間が、話し合いに応じるなんていう甘い考えは捨てとけ」


 私は視線を落として、地面に落ちている幾つかの実を数えた。深い意味はない。場を繋ぐための時間が欲しいと思い、目を伏せた場所に実があったというだけのこと。思考を落ち着かせたい気持ちもある。そして、引っかかることも見つけた。


(人間が、話し合いに応じない?)


 人間とは思慮深い種族であり、言葉を介してコミュニケーションをとることが出来るはずだ。それなのに、エルの話を聞いていると、人間の方が攻撃的な印象を受ける。人間と魔族が手を取り合うことが難しい理由の一端は、人間にその気がないところにあるのだろうか。私はひとり考えた。

 しばらく黙考した後、エルを見るために顔を上げる。


「エル。魔王や魔族が人間と歩み寄りを求めたことは、過去に在りますか?」

「さぁな。ただ、俺が知る限りではない」

「古い歴史を辿れば、そういった事実もあるかもしれないんですね」

「無いと思うけどな」

「希望は持っていたいじゃないですか」


 私の言葉を、エルは鼻で嗤った。両手の中にミンヨとクルックの実が抱え込まれているため、手を振るなどの動作はない。ただ、軽く首を横に振った。


「魔族と人間が、やっていけるものか」

「固定概念を突破することが出来れば、成せないことはないと私は思うんですよ」


 エルがさらに口を挟もうとしたのを見て、私は右手の人差し指を立てて口を紡ぐことを指示した。これ以上言い合いをしていても、今の段階では平行線を辿るしかない。無意味な言い争いをするのは、賢い判断とはいえなかった。


「帰りましょう。陽が陰ってきています」

「そうだな。腹も減ったし、早く帰ろうぜ!」


 エルも、この話題をいつまでも続けるつもりはなかったらしい。それはお互いにとって幸いだった。私は頷けば、また歩き出す。

 雲の数も増えてきた。だんだんと厚く暗い雲が西から流れてきた。これは、天気が荒れるかもしれない。


「降ってきそうだな」

「思ったより、天候が荒れそうですね」

「急ぐぞ。洗濯物も取り込まないといけないんだ」

「はい」


 今度は駆け足程度で走り出した。全力疾走ではないが、舗装されていない道をブーツで走るのは、慣れていない。5センチほどの厚底のため、更に変な感じがする。


「そういえば、エル」

「なんだ?」

「この辺りに細い金属がある場所って、ありますか?」

「細い金属? それって、どんな奴だ?」

「針金というものがあると、嬉しいんですけど」

「針金かぁ」


 走りながら、エルは色々と思い浮かべている様子だ。即答で『ない』と言わないだけあって、存在はしているのかもしれない。しかし、貴重な資材なのか。簡単に持ち出せるような物でもない可能性はある。

 とりあえず、私はエルの言葉を待った。


「あるには、ある」

「何か、問題があるんですか?」

「いや、それをどう使うのかなと思って」

「ハンガーを作ろうと思ったんですよ」

「ハンガー?」


 この世界には、やはりハンガーというものが存在していなかった。それなら、ハンガー屋さんでもはじめれば、それなりの収入源にはなるかもしれない。

 そうだ。そもそも、人間たちと魔族が別々の大陸で存在しているから、一向に歩み寄ることが出来ないのではないか。一緒に苦楽を共にすることで生まれる、一体感というものは、必ずある。戦場前にして、何か予期せぬ困難が生じたとき。そこでは、敵も味方もなくなり、一緒に立ち向かう道を選ぶことになる。そういうアクションを起こすためにも、共に歩む時間は必要不可欠な条件なのだ。

 ひとつの困難を、種族を超えて乗り越える課題を与えられたとき。世界は平和への道を歩みはじめそうだ。何か、策は浮かびそうだ。


「服を洗濯して干すときに、ハンガーというものがあれば、もっと効率よく乾かすことができますよ」

「へぇ。いつの間にそんな知恵身に着けて来たんだ?」

「これは……」

「また、夢の国の話か?」


 エルはカラッとした表情で笑っていた。私の語る『日本』を、夢の世界として捉えているエルの眼には、おかしなことをいう魔王だと映っているのだろう。私は軽く笑って、それに応えた。


「そうですよ。お得意の夢の話です」

「いい加減起きてくれよ。魔王が馬鹿になったみたいで俺は複雑なんだよ」

「馬鹿、ですか。それはそれで、面白いですね」

「ちっとも面白くないからな!?」

「はは……」

「笑うなよー!」


 真面目な話も出来るが、基本的には明るくノリのいい少年が、エルだ。エルの反応が可愛くて、つい癖になりそうだ。弟が居るというのも、悪くない。

 もしかしたら、拒んでいたって人間たちに攻め込まれることも本当にあるのかもしれない。こちらが歩み寄る姿勢を見せていても、相手にそれを受け入れる態勢がなければ、結局無駄に終わってしまうこともある。エルがいうように、人間が話を聞くような種族でないならば、尚更難しい道を歩もうとしているのかもしれない。

 そう分かっていても、私はやはり平和主義を貫き通し、世界を信じたいと願うのだ。


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