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 真っすぐに小屋まで引き返すのではなく、左に迂回すると、昨日とはまた違った景色が見える。いや、似たような景色ではあるが、なんとなく違うことは分かる。こちら側の方が、背丈が低い木々が多いような気がする。ミンヨの実もちらほらと見えるが、昨日の道の方が多くなっていた。場所はほとんど変わらないが、ちょっとのことで、生えている植物にも変化がある。とても古い時代に、魔王たちが植樹した可能性もある。


「魔王! これ。これがクルックの実」

「これですか」


 しっかりとした皮の色は茶色。一見、棘の皮のない栗のようなイメージが持てる。私はひとつ、もぎ取ってみた。しっかりとした皮はとても厚く、指で剥けるような薄さではない。


「これは、どうやって食べるんですか?」

「茹でてから皮を剥く。それで、そのまま食べるんだ。ただ、もう旬の時期じゃないから。渋いと思う」

「それもまた、経験ですよ」

「そういうなら、いいんだけど」


 エルもまた、クルックの実をもぎ取っていく。棘が無い分、栗よりも収穫は簡単だ。昨日の経験からして、多くの量を食べなければ、お腹は満たされそうにない。背丈が大きくなると、その分消費するエネルギーも多くなるようだ。それだけではなく、私の身体の中に『魔力』というものが流れているからかもしれない。人間とは異なる身体。それを人間だったときの記憶で補うことは難しい。

 魔王になったからには、魔王族と魔族に倣うのが一番賢い生き方だ。


「これは、どれだけ食べれば満たされると思いますか?」

「20個は必要だろうなぁ。これ、ミンヨの実よりずっと小さいだろ?」

「そうですね。20個…………そんなに、実がついていませんね。落ちてしまったのでしょうか」

「枯れて落ちた実も多いな。それに、このクルックは実になるまで時間がかかる上に、なったらなったですぐ落ちる。結構、貴重な実なんだぜ」

「あぁ、これが実が落ちたものですか?」


 足元には、幾つかの細い実が落ちていた。それらは、栗というよりはどんぐりのような形で、痩せていた。


「そうそう。この細っこいのが落ちた実」

「なるほど」


 しゃがんでみると、細い実を手に取ってみた。硬い皮がふやけて、やわらかくなっていた。これでは、中身は腐っているかもしれない。何も言葉を発することなく、エルの顔を見上げると、エルは首を横にふるふると振った。


「それは食べれないぞ。腐ってる」

「やっぱり、腐っているんですね」


 仕方なく、細い実は地面に返す。手の中には、しっかりとしたクルックの実が7個しかない。20個ずつなければ、エルのお腹も満たされないだろう。これは、他の実も採りながら帰った方がいいかもしれない。


「エル。近くにはミンヨの実もありますね。今日はクルックとミンヨの二刀流で行きましょうか」

「木の実好きだなぁ。明日は肉喰らおうな」

「手を合わせていただきましょう」

「なむなむ?」

「そうですよ」


 にこりと微笑むと、私は先に向かって歩き出した。小屋の方向ならなんとなく覚えている。私が先行して進むため、エルは不思議そうな顔をしながら、私の後に続く。


「道、思い出したのか?」

「小屋までのですか? なんとなくですが、分かりますよ」

「記憶、少しは戻って来たのか?」

「いえ、そういうわけではないんですけど。でも、世界の雰囲気や空気には、馴染んできましたよ」

「それはよかった!!」


 心底嬉しそうに笑うから、私は若干の罪悪感に襲われた。エルを騙しているつもりはないが、もし私が『兄』ではなかったらどうしようという、不安はあった。魔王として転生したのだから、60年分の記憶がいずれは私に降り注いでくることだろう。それまでの間は、私は弥一でもなく、イチルヤフリートでもない。中途半端でとても曖昧な状況に置かれていると実感した。

 エルには感謝しかない。エルが居なければ、私はきっと昨日、ヨウ国軍に攻め入られて死んでいただろう。死んだのちに、さらに死んでしまっては、私は永遠にどこかに転生し死んでいくことの繰り返し。輪廻の世界とは言われるが、あっという間に死んであっという間に生まれ変わり、あっという間に死んでいくことを、記憶が残った状態で繰り返すのはいささか辛いものがある。


「あった。ミンヨの実ですね」


 高いところにミンヨの実がなっている。アケビのようで茶色の厚いふわふわとした皮。実は白くて渋みがあるのは昨晩食べて知っている。渋みがあるわりに、果汁はたっぷりとあった。癖になる味だ。

 ミンヨの実は、ひとつの木にたくさんなっていた。10個近くはなっている。アケビの場合は、二種類の木がなければ受粉が成り立たない。オリジナルとは別の遺伝子情報を取り込まなければ、実がつかないのだ。しかし、このあたり一帯を見渡してみたところ、どのミンヨの木も実も同じように見える。つまりは、自家受粉で結実する仕組みが成り立っていることを意味していた。


「そろそろ、暗くなってきそうだな。洗濯物も干したままだし」

「冷えてはせっかくの洗濯物が湿ってしまいますからね」

「急ごう!」

「はい」


 エルは腕の中にクルックとミンヨの実を抱えて、元気よく走り出した。


(若いというのは、いいことですね)


 年よりじみたことを思いながら、私も後ろを追いかけるようにして駆け出した。袖を切り落としている服のため、若干肌が冷えて来ていた。そろそろ冬だというし、流石に夕方近くまで半袖で外に居るのは風邪を引きそうだ。

 家への途中。私は切株での話を思い出していた。『ジクヌフ国』という国について、私は何も知らない。老魔王が亡くなったとき、イチルヤフリートは何歳だったのか。何年前のことなのかを、把握しておきたい。そうでなければ、ヨウ国だけではなく、ジクヌフ国もこの地に攻め込んでくる可能性があるということになるのだ。


「エル。ジクヌフ国との戦争は、まだ続いているのですか?」

「んー……微妙なラインだな」

「それは、どういうことですか?」

「老魔王が一矢報いた後、その後継者となったお前がひと睨み利かせて、停戦状態にまで持って行った。でも、人間がそれを守って攻めてこない保証はないし。俺たち魔族側も、臨戦態勢を解除していない」

「まだ、戦中ということなんですね……」

「…………」


 エルは言葉を呑みこみ、その場に立ち止まった。それを見て、私はエルの顔を見た。神妙な面持ちをして、私を見ている。


「エル?」


 つい、声をかけた。エルは静かに頷く。


「本当に戦争を放棄し続けるつもりなのか?」

「え?」


 エルは悲観的な声色で、物静かに告げる。その表情は悲しげにも見えるし、呆れたようにも見える。そして、若干の苛立ちを抱いているようにも見える。とにかく、複雑な表情をしてみせた。その顔にさせたのは、私の言動であることは明らかだ。私はなんとかエルの笑顔を取り戻したいし、その笑顔を守りたい。そのためには、やはり記憶を取り戻すことは必要不可欠の道。


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