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「魔王、こっちこっち!」


 エルはどこか楽しそうだ。数メートル先を行くと、立ち止まって私の方に向かって手を振る。元気なものだと、笑みが浮かんだ。その微笑みのもとへ歩み寄ると、ひとつの大きな切株があることに気づく。年輪の刻まれ方といい、軽く数百年ほどは生きていそうな切株。まだ、腐ってはいない様子で、若い芽が端から息吹を上げている。


「この切株は、先代魔王が命を落とした場所なんだ」

「絶命した場所を楽しそうに語るのは、不思議な感覚ですね」

「先代魔王より、現魔王の方が優秀だと俺は信じてるからな」

「兄は魔王より強し、ということでしょうか」


 本当に『兄』のことが好きなのだということが、強く伝わって来る。エルは言動の節々にそれを散りばめていた。冷酷で圧倒的な力を使う魔王と言われていたが、エルにとっては憧れだったのだろう。血族が魔王を継いでいるのではなく、誰が次代魔王になるのかは、そのときにならないと分からない。一番冷徹な魔族が選ばれたのか。それとも、最も優れた魔力を持った魔族が、魔王になるのか。その仕組みをすることは、私には厳しいだろう。そもそも、自分の身体に『魔力』というものが流れている感覚がない。

 ただ、何もない私にでも、この切株からは英気を感じる。神通力でも宿っているかのように、オーラを纏っているように見えた。さらに言えば、空気も一段と澄んでいる。


「先代魔王は、何故ここで命を引き取ったのですか?」

「それも覚えてないのか」

「私とエルも、立ち会っていたのですか?」

「たまたま、だったけどな。魔王族は何人かこの大陸で生きている。俺は魔族だけど、兄は魔王族だった。感が働いたのかもしれない」

「エルと私は兄弟。それなのに、種族が異なるなんていうことがあるんですか?」

「その仕組みは俺にも分からない」


 首を横に振る。ついでに、軽く溜息を吐いて見せた。しかし、それほど厄介なものを抱えているという仕草ではなかった。


「魔王になる資格がある魔族は、“魔王族”と呼ばれてる。魔王族には、誰が魔王族なのかを読み解く力があるって。記憶を失う前の魔王から、話は聞いた」

「それでは、何人か待機している中から、次代魔王が覚醒するということなんですね?」

「そうらしい」

「それで……先代魔王は、なぜ?」

「もともと、年はいっていた。老魔王と呼ばれていたんだけど、ジクヌフ国への侵略の途中に傷を負い。それが、致命傷となった」

「ジクヌフ? ヨウ国以外にも国はあるんですね」

「当たり前だろ?」


 切株の隣に座ると、若葉に目を合わせる。老魔王のことを、エルは慕っていたのだろうという推測は出来た。エルにとっては誰が『魔王』であったとしても、『魔王』に対して憧れの気持ちがあるのかもしれない。血の繋がりによって覚醒する魔王ではない。つまり、現魔王である私が死した後に、エルが魔王になることはないということになる。エルは、自身を『魔族』と称する。それに対して私は『魔王族』というのであれば、その時点で候補から離脱する。


「老魔王は、なんとかこの地まで戻って来ることは出来たけど、結局助からなくて。俺と魔王で看取ったんだ」

「その瞬間に、老魔王から私に魔王の権利が移ったんですね?」

「そうらしい」

「魔王とエルは、たまたま此処に居合わせたんですか?」

「そう、たまたま」

「ふむ」


 右手の人差し指と親指を顎に当てる。魔王が死するときに、必ず立会人が居るのかもしれない。そこで立ち会う魔王族が、次世代魔王として覚醒する。おそらくその仕組みの解釈で間違っていないだろう。

 私もエルの隣に腰を下ろす。そして、静かに両手の手のひらを合わせた。合掌し目を閉じ、お経をあげ始めた。


「何の魔術の詠唱だ?」

「魔術ではありませんよ。死者を弔うための……祈りです」

「祈り?」

「老魔王が、今。極楽浄土で安らかに休めていますように。そう、お祈りしているんです」

「そんな技、どこで身に着けて来たんだ?」

「日本という、夢のような世界です」

「ふーん」


 隣に居るエルも、見様見真似に手を合わせた。魔族と魔王が並んで合掌する世界など、なかなかないのではないだろうか。平和主義な魔王が居たとしても、罰はくだらないはずだ。世界には定説を覆す事実が幾つもある。その事実は存在していいと、私は考える。


「南無南無…………」

「…………なむなむ?」


 しばらく、静かな時間が流れる。川も近いのか、水が流れる音がする。葉が擦れあって、さらさらと乾いた音もする。自然豊かな大地の中、切株から新しい芽が出ているのを見ると、老魔王もどこかへ生まれ変わったのではないかと思考できる。大地には、無限の可能性が溢れている。自然とは美しいものだ。命宿るものは全て、美しく……そして、儚い。


「老魔王は、あなたに優しかったですか? エル」

「なんだよ急に。優しくも無いけど、冷徹ってほどでもなかったかな。でもそれは、年取ってたからだと思う。実際、ジクヌフ国へ戦争吹っかけてるし。敵を前にして逃げ出すお前とは違う」

「逃げた訳じゃ…………まぁ、逃げでもいいんですけど」

「よくねぇよ」


 エルの適応能力は高い。昨日の今日で、魔王の中身がまるっと変わってしまったのかもしれない。それを前にして、エルは逃げずに対応している。自分の兄が急に牙を抜かれた狼のようになってしまっては、それでは番犬にすらならない。今の私は、手も足も出さない芋虫みたいに弱い。

 武器が欲しいとも思わない。ただ、こうして念仏を唱えるのであれば、数珠が欲しいと思う。この辺りに生えている木の実を使って、数珠つくりをしようと決める。

 エルは、よいしょと立ち上がった。そのまま両手を空に向けて掲げ、伸びをする。エルの緑の髪が風に揺れ、美しく光る。私もゆっくりと立ち上がった。


「さて、次はどこへ連れて行ってくれますか?」

「魔王は何が見たい?」

「そうですね…………海岸沿いを見晴らせる場所があれば、そこへ」

「戦争か!?」

「それを回避するために、知っておきたいんです」


 大袈裟なほど大きなため息を吐く。呆れすぎて、早々に私の平和主義にも慣れてきたのか。怒りを表すことがなくなってきた。エルにとって、兄である魔王の存在は本当に大きいようだ。兄としての記憶が戻れば、もう少しエルにとって優しい魔王になれるのかもしれない。ただ、どちらにしても私は戦争は放棄する。恐怖で世界を統制することは、誰が何を言おうと呑むことの出来ない案件だ。


「こっちが逃げてても、人間は襲ってくるからな? そこ、分かっとけよ?」

「分かりました」

「本当に分かってるのかよ…………ったく」


 悪態を吐きながらも、エルは歩き出す。私は再度、その後ろを追いかけた。


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