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「エル。ハサミか何か……切る道具ってありますか?」

「ハサミくらいあるけど。何に使うんだ?」

「この服を改良しようと思いまして」

「ハサミで?」


 不思議そうな顔をしながらも、エルは棚からハサミを取り出して来てくれた。想像していたよりも大きく立派なハサミ。布を断つにはちょうどいいサイズだが、普段このハサミが何に使われているのかは、とりあえず聞かないでおこうと思う。一応、此処にあるものすべてが魔王と、その血縁者の物だとすると、いわくつきの道具もありそうだと偏見を持ったからだ。断罪の道具と言われても、不思議ではない。


「ありがとうございます」


 大きなハサミの長さは25センチほどの刃渡りがある。まず、袖が邪魔だと感じてゆとりのある長袖をガッツリと切りおとす。どの服も長袖のようだったので、この服はいっそのこと半袖にしようと思う。適当に上腕部分が出る辺りで真横にハサミを入れた。エルは驚いた顔をみせる。


「何やってんだ!? 半袖とか、あり得ないんだけど!!」

「何故ですか?日に焼けるとか……そういうのをきにしているんですか?」

「日焼けとか、そういうのはどうだっていいけど。服には魔法陣が紡ぎこまれてるんだよ! それだけで、人間を圧倒するくらいの力だってある!」

「それを聞いて安心しました。もっと切っておきましょうね」

「俺の話聞いてるか!?」


 慌てるエルをよそに、ゆったりとした裾部分にも切り込みを入れていく。ぶかっとした着丈も、畑仕事などをするには邪魔なところがある。作業着として着られる格好を目指した。ジャキジャキジャキ……いい切れ味だ。袖と裾を切り落とすと、私はハサミをテーブルに置き、服を持って出来栄えを確認する。適当に切った為、歪みも生じているが、さっぱりして雰囲気はいい。満足すると、上半身裸だった私は出来たての服を被った。右腕の袖が、短くなりすぎてしまったが、気にしないことにしておく。


「あーぁー……やっちまった」

「エルも袖なしにしますか? 動きやすいですよ?」

「やだ」

「そうですか」


 呆れた顔をして、エルは溜息を漏らした。そのまま、先ほどまで着ていた私のローブと、エルが昨日着ていた簡易ローブを手に持って、外へ出て行こうとする。洗濯をすると言っていたが、家に洗濯機がある様子はなかった。これは、川か泉か。どこか外で手洗いするのかもしれない。


「外で洗濯ですか?」

「そうだぞ。川まで行って来る」

「私も行きますよ。というより、私が持ちますよ。重いでしょう?」

「魔王が洗濯!? するな、するな。箔が落ちる」

「箔? そんなもの、なくていいですよ」


 面白いことを言うものだと、つい笑みがこぼれた。魔王のことも、魔族のことも全く分からない状態でも、エルが可愛くて面白い存在だということは、認識した。それだけではなく、エルは真っすぐな子だと思う。いや、『子』といっても40歳。人間の子どもとは訳が違う。何なら、私よりも長生きをしているといえる。

 そういう私も、この姿を60年維持しているらしい。私は、60年間分の記憶を失くした魔王なのか。60年前に、27年間日本で『弥一』として生きて来たのか。その辺の時間の経過は未だ解決しない。前世が弥一だっとしては、やけにハッキリと記憶が残りすぎている気がする。

 泉で倒れていた『イチルヤフリート・ヤイチ』は、いつからあそこに居たのか。誰か、見ていた者は居ないのだろうか。エルは何年、魔王を見ていなかったのか。全ての絡まった糸が解けるまで、まだまだ時間がかかりそうだ。

 扉を開け、外へ出て行くエルのすぐ後ろを、私もついていく。エルはまた、溜息を漏らす。


「ほんとに洗濯しに来るのか?」

「半分は私の服ですしね? この生活にも慣れたいですし。この世界のことも知っていきたいので」

「随分と変わったものだな」

「あなたの知る魔王と……ですか?」

「俺の知る魔王は、冷淡だった。これぞ魔王ってほどにな」


 なるほど。私はひとり頷いた。なかなかの重さだと思われるローブを二着抱えている割に、エルの足取りは軽かった。流石は魔族、というところだろうか。150センチほどしかない身長の割に、エルは力強かった。着ている服が長袖で、身体のラインが分からない程ぶかっとしている為、エルの体型は分からない。ただ、顔の大きさから考えても、細身だと想像できる。それでも、軽々とローブを持って歩いているのは、身体を鍛えている証拠だと思われる。

 エルは、魔王のことをよほど尊敬していたのだと思う。エルから語られる魔王の話はどれも、魔王のことを認めており、好んでいた背景が浮かんで見えた。


「エルは、魔王から冷たくされるのが好きなんですか?」

「その言い方は、俺が変態くさくないか?」

「変な意味ではないですよ」

「どっちにしても、別に冷たいのが好きってわけじゃない」

「それなら、このままの私でありたいと思います」

「好きにしろよ。お前が魔王であることに、変わりはない」


 その言葉は、素直に嬉しかった。

 魔王であって、魔王でない。そんな感じがして、私は心のどこかで後ろめたさを感じていた。その否定的観念を、エルは壊そうとしてくれた。きっと、兄であった魔王が、急に雰囲気が変わってしまえば、落ち着かなくなるものだと思う。それも、人間と戦争をし、恐怖で世界を制してきた魔王が、あっさりと戦争放棄をしてみせたのだ。目の前で、絶対的兄であり魔王がそのような行為を見せれば、落胆しても仕方がない。その私を、エルは許そうとしてくれている。


 魔族と人間族との争い。

 この世界で起きている争いは、終止符を打てる可能性がある。


 私はそれを、強く感じた。


 小屋を出てから10分ほど歩くと、さらさらと水が流れる音が聞こえてきた。ピピピピ……小鳥のさえずりは、昨日泉で聞いた鳥の鳴き声と一致する。日中はこの小鳥が盛んに会話をしているようだ。夜になればまた、鳥の種類も変わる。せっかくのいい天気。どのような小鳥が鳴いているのか。その姿も見てみたいものだ。

 たどり着いた川辺には、丸太でちょっとした桟橋が造られていた。そこには、洗濯板と思われる木材も置いてある。エルは毎日、ここで選択をしているのだろうか。冬になると、川の水も冷たいはず。私も田舎暮らしだったため、川の水は利用していたが、洗濯は洗濯機に甘えていた。ここで、エルから洗濯の仕方を教えてもらうのは、ありがたい。エルは桟橋の上でしゃがんで、手に持っていた服を置いた。


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